震災のたびに繰り返される、ある「発言」
2016年4月、熊本地震の被災地で空き巣被害が相次いでいるというニュースを受けて、ビートたけしさんは「あいつら射殺しろよ」「こういうときにそういう犯罪すんのは特別に罰しなきゃおかしいだろ」と、テレビの生放送で言い切りました。
実はこの発言、初めてではありません。5年前の東日本大震災のときも、ビートたけしさんは似たような趣旨の発言をしています。つまり、大きな災害が起きるたびに、同じ怒りが、同じ言葉で繰り返されているのです。
これを読んで、「よくぞ言ってくれた」と胸がすく思いをした方も多いのではないでしょうか。被災して何もかも失った人の家に、あろうことか土足で踏み込んで金品を盗む。その卑劣さを想像すると、確かに「極刑でもいい」とすら思えてきます。
でも、ちょっとだけ立ち止まってみませんか。
この「わかる、わかりすぎる」という感情の動き方こそが、実は日本の歴史の中で一度、とても大きな悲劇を生んだことがあるのです。今日はその話を交えながら、「なぜ私たちはこの手の発言に強く共感してしまうのか」「その共感の先に何があるのか」を、一緒に考えていきたいと思います。
なぜ「射殺しろ」に、こんなにも心が動くのか
まず整理しておきたいのは、この感情自体は決して異常なものではないということです。
人間には、自分が所属する集団(家族・地域・国)が理不尽な被害を受けたとき、加害者に対して強い制裁感情を持つという性質が備わっています。心理学ではこれを「道徳的憤怒(モラル・アウトレイジ)」と呼んだりします。特に、
- 被害者が「何も悪いことをしていない」こと
- 加害者が「弱った相手につけ込んでいる」こと
- 通常の司法システムが「間に合わない、頼りない」と感じられること
この3つが揃うと、人間の怒りは一気にヒートアップします。震災直後の空き巣というのは、まさにこの3条件をフルコンボで満たしてくる出来事です。避難所で肩を寄せ合っている人、倒壊した家の片付けに追われている人。そのすきを狙って盗みを働く人間に対して、「せめて痛い目にあわせてほしい」と思うのは、ごく自然な人間の反応だと思います。
さらにここに、テレビというメディアの特性が重なります。ビートたけしさんのような影響力のある人物が、歯に衣着せぬ言葉で怒りを代弁してくれると、視聴者は「自分の中のモヤモヤを言語化してもらえた」というカタルシスを得ます。これが「共感」の正体です。
ここまでは、とても人間らしい、自然な心の動きです。問題は、この先です。
100年前、日本人はこの感情のまま「行動」してしまった
1923年9月1日、関東大震災が発生しました。死者・行方不明者は10万人を超えたとされる、日本史上最大級の災害です。
この混乱の中で、「朝鮮人が井戸に毒を入れている」「朝鮮人が放火して回っている」「暴動を起こそうとしている」といった根拠のない流言(デマ)が、関東一円に一気に広まりました。
新聞やラジオもまだ十分に機能していない状況で、人々は口づてに伝わる噂を信じるしかありませんでした。そして、その噂を信じた住民たちが自警団を組織し、「朝鮮人らしき人物」を見つけては、その場で暴行を加える、あるいは命を奪うという事件が、各地で起きてしまいました。犠牲になった人の正確な数は今も確定していませんが、数百人から数千人規模とされ、中には方言のイントネーションだけで朝鮮人だと疑われ、殺害された日本人までいたと記録されています。
この事件で何より恐ろしいのは、実行した人たちの多くが、決して「もともと残虐な人間」だったわけではないということです。普段は真面目に働き、家族を大切にしていたであろう、ごく普通の人々です。彼らは「大切な家族や地域を守るため」という、極めて正当に見える動機のもとで、行動していました。
つまりこの悲劇を生んだのは、 「被害者が理不尽な目にあっている」 「加害者(とされる存在)がその混乱に乗じている」 「今の秩序では守ってもらえない」 という、まさに先ほど整理した3条件が、災害という極限状況の中で一気に燃え上がった結果だったのです。
ビートたけしさんの「射殺しろ」という発言そのものが、この歴史と同列だと言いたいわけではありません。あくまでテレビの中の発言であり、実行を伴うものではないからです。ただ、この発言に「そうだそうだ」と強く共感する社会の空気は、100年前に日本人が陥った心理状態と、驚くほど地続きだということは、知っておいて損はないと思うのです。
「厳しく罰してほしい」という思いと、「私刑(リンチ)」の間にある一線
ここで一度、冷静に言葉を整理してみましょう。
「震災に乗じた犯罪は、通常より重く罰するべきだ」という主張と、「見つけ次第、射殺していい」という主張は、似ているようで、まったく別のものです。
前者は「法のもとでの厳罰化」の話です。実際に日本の刑法にも、災害時の犯罪を悪質と見なして量刑を重くする運用の余地はありますし、諸外国には「災害便乗犯罪(disaster looting)」を特別に重く処罰する法律を持つ国もあります。これは民主主義国家として、正面から議論していい、むしろ議論すべきテーマです。
一方で後者は、「裁判を経ずに、その場の判断で命を奪ってよい」という話です。これはもう法治国家の枠組みそのものを飛び越えています。誰が「犯人」かを、警察でも裁判所でもなく、その場にいた人の主観だけで決めてしまう。関東大震災のときの悲劇は、まさにこの「その場の判断」が暴走した結果でした。
厄介なのは、テレビやSNSの中では、この二つがしばしば同じ「怒りの発言」として、混ざり合ったまま消費されてしまうということです。「厳罰化してほしい」という真っ当な問題提起への共感が、いつのまにか「私刑を容認する空気」にまで、するりと連続してしまう。この連続性にこそ、私たちは自覚的でいる必要があるのではないでしょうか。
「外国人犯罪が増えている」という語られ方について
ご質問の中にもあった「外国人による様々な犯罪が増える中で、日本はすぐに不起訴になる」という感覚についても、少し丁寧に見ておきたいと思います。
来日外国人による事件がニュースやSNSで大きく取り上げられ、「増えている」という印象を持つこと自体は、決しておかしなことではありません。実際、特定の犯罪類型については報道量が増えている実感もあるでしょう。
ただ、ここで気をつけたいのは、「印象の量」と「実際の統計」は必ずしも一致しないという点です。犯罪に関する統計は、警察庁や法務省が「犯罪白書」などの形で毎年公表しています。「増えている」「厳しすぎる/甘すぎる」といった主張をする際には、こうした一次資料にあたって、実際の検挙率・起訴率・在留資格別の傾向などを確認することが、フェアな議論のための土台になります。
なぜこれが大切かというと、関東大震災のときも、人々を動かしたのは「実際のデータ」ではなく、「そう見える、そう聞いた」という印象と噂だったからです。印象だけをもとに「あの属性の人たちは危険だ」という物語ができあがってしまうと、それは特定の犯人個人への怒りではなく、特定の集団全体への不信へと、静かにスライドしていってしまいます。これはとても危険な滑り坂です。
外国人であっても日本人であっても、悪質な犯罪者は法のもとで厳正に裁かれるべきです。この点に異論がある人は少ないはずです。大切なのは、「厳正に裁かれるべきだ」という真っ当な願いと、「属性でくくって危険視する」ことを、切り分けて考える視点を持ち続けることだと思います。
それでも、「怒り」を否定する必要はない
ここまで少し理屈っぽい話をしてきましたが、誤解してほしくないのは、「震災に乗じた空き巣に怒ること自体が間違っている」と言いたいわけでは、まったくないということです。
被災者の心情に寄り添えば、あの怒りは正当なものです。避難所生活で心身ともに限界に近い状態の人から、なけなしの財産を奪う行為は、卑劣という言葉では足りないくらいの行為だと思います。ビートたけしさんの発言も、そうした被災者への共感から出た、いわば「代弁」だったのだろうと思います。
大事なのは、怒りそのものを否定することではなく、その怒りを「どこに向けて、どう昇華させるか」という部分です。
- 怒りを「厳罰化を求める世論」として、立法や司法に届ける
- 怒りを「地域の防犯体制の見直し」という具体的な行動に変える
- 怒りを「災害時こそデマに流されない」という自制心に変える
こうした方向に怒りのエネルギーを使うことは、社会をより良くする力になります。一方で、怒りが「誰かを属性でくくって断罪していい」という空気にまで発展してしまうと、それは100年前と同じ道に迷い込んでしまう危険をはらんでいます。
おわりに ― 「共感できてしまう自分」に気づくこと
ビートたけしさんの「射殺しろ」という言葉に、強く共感してしまう自分がいる。それは、あなたが冷酷な人間だからではありません。むしろ、被災者の痛みに人一倍敏感な、まっとうな感受性を持っている証拠だとすら言えます。
ただ、その感受性の隣には、100年前に多くの「まっとうな日本人」を動かしてしまった感情と、同じ回路が眠っていることも、心のどこかに留めておきたいのです。
災害が起きるたびに、同じ言葉が繰り返され、同じように多くの人が共感する。この構造そのものに気づくこと。そして、その共感の熱量を、私刑への同調ではなく、「制度をより良くするための声」へと変換していくこと。
それこそが、100年前の教訓を、本当の意味で今に活かすということなのではないでしょうか。
次にまた大きな災害が起き、誰かが強い言葉で誰かを断罪しようとしたとき、あなたはその言葉に、どう向き合いますか。














