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まずは「知る事」から始まる

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西暦266年、卑弥呼の後継者「壱与」が中国に使者を送った記録を最後に、日本の名前は歴史書からぷつりと消えてしまいます。次にその名が登場するのは413年。実に150年もの、長い長い沈黙です。

なぜこんな空白が生まれたのか。理由は意外にもシンプルで、当時の日本にはまだ自前の文字文化がなく、頼みの綱の中国側もまた、王朝が次々と入れ替わる大混乱のただ中にありました。誰にも見られていなかったからこそ、日本列島では水面下で、とんでもない大変身が進行していたのです。

この150年の間に、日本人男性の体を彩っていた「入れ墨」の文化は静かに姿を消し、代わりに大陸から「馬」という革新的なテクノロジーが持ち込まれました。乗り物のなかった国が、馬という新しい力を手にした瞬間です。倭の五王たちは中国に対し、しつこいほど立派な「肩書き」を求め続けます。これは単なる見栄ではありません。国内外を制するための、恐ろしく計算高い外交戦略だったのです。

さらに石上神宮の国宝「七支刀」、そして高句麗の「広開土王碑」は、記録の途絶えたこの時代、日本が朝鮮半島でいかに巨大な軍事的存在感を放っていたかを、雄弁に物語っています。記録がないからといって、何も起きていなかったわけでは、決してないのです。

そして極めつけは、奈良・富雄丸山古墳から現れた驚異の副葬品たち。全長約2.7メートルという東アジア最大の「蛇行剣」、そして世界的にも例のない、盾の形をした巨大な「銅鏡」。土の中から現れたこれらの遺物は、文字なき時代の権力構造を、今になって饒舌に語り始めているのです。木棺の内部に残された、あまりに素朴すぎる副葬品の謎も、まだ誰も解き明かせていません。

「空白」とは、実は何もなかった時間ではありません。むしろ日本が日本としてのかたちを、内側から静かに、しかし確実に作り上げていった、胎動の時代だったのではないでしょうか。

その150年間に、いったい何が起きていたのか。5つの驚くべき事実とともに、全文でじっくりと紐解いていきます。

https://note.com/taka_peace369/


上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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