岐阜県郡上市、白山国立公園の麓にひっそりと存在する石徹白(いとしろ)地区。人口わずか約220人、過疎化が進み小学校の廃校まで囁かれていたこの小さな集落が今、全国から視察者や移住希望者が絶えない「奇跡の村」として注目を集めています。
その変化のきっかけは、たった1台の水車でした。
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東京のコンサルタントが山奥に移り住んだ理由
11年前、岐阜市からこの地に家族で移住してきた平野さんは、もともと東京で外資系コンサルタントとして働いていた人物です。都会的なキャリアを捨て、なぜ人口が減り続ける山奥の集落を選んだのか。
平野さんが目を付けたのは、この土地が持つ圧倒的な「水の力」でした。白山から流れ出る清流は水量も豊富で、集落には高低差を活かせる地形が広がっています。さらに調べると、石徹白は大正時代からすでに水力発電を行っていた歴史があることがわかりました。「この土地には、眠っているポテンシャルがある」——平野さんはそう確信し、住民たちとともに電力の自給自足を目指すプロジェクトを立ち上げます。
最初は800ワット、小さな一歩から
2009年、最初に導入されたのは農業用水路の水流を利用したスクリュー式の発電機でした。らせん形の羽根が水の流れでゆっくりと回転し、生み出す電力は一般住宅1軒分に相当する800ワット。決して大きな数字ではありませんが、この小さな一歩が集落の未来を大きく変えていきます。
その後、水車の頂部に水を流し込んで回す「上掛け水車」方式の発電機を開発。水量と高低差を最大限に活かしたこの仕組みが話題となり、全国から見学者や観光客が訪れるようになります。にぎわいが戻った集落では住民の支援も少しずつ広がり、ついに2016年、集落のほぼ全世帯の出資金を集めて完成した本格的な小水力発電所が稼働を始めました。総工費はなんと2億4000万円。110メートルの落差を利用して水を落とし、発電能力は125kW、およそ150世帯分の電力をまかなえる規模です。
年間売電収入2400万円、すべて地域へ還元
ここで発電された電気はすべて電力会社に売却され、その収入は年間約2400万円にのぼります。そして、この売電収入は全額、地域のために使われています。街頭や公民館の電気代はもちろん、荒れ果てた田畑を農地に戻す取り組みにも投資され、すでに2ヘクタールの田畑が復活しました。移住者が農業を始める際の環境整備にも活用されており、「稼ぐ仕組み」が「暮らしの基盤」をつくるという好循環が生まれています。
現在、石徹白の電力自給率はなんと230%。小さな集落が、自らの力で必要量の2倍以上のエネルギーを生み出しているのです。
水車が呼んだ移住者たち、廃校寸前の小学校に子どもが戻ってきた
かつて児童数がわずか4人にまで減少し、廃校の危機に瀕していた石徹白小学校。今では在籍する児童が13人に増え、2年後には20人になる見込みだといいます。
人口約220人のうち、今や5割近くが移住者家族というから驚きです。水力発電という「稼ぐ仕組み」が地域に豊かさをもたらし、その豊かさが新しい人を呼ぶ——そんなポジティブな連鎖が続いています。
平野さんの妻・かおりさんも集落の再生に一役買っています。石徹白に古くから伝わる「たつけ」と呼ばれるズボンを現代風にアレンジしてブランド化し、藍染めに使う植物も自ら栽培。伝統を丁寧に掘り起こし、現代の感覚で発信するその姿勢は、移住者だからこそ持てる「外の目」の強みを体現しています。
地域の水と歴史が生む、新しい名産品
最近注目されているのが、石徹白で栽培されてきた在来種の穀物「石徹白ビエ」を使った玄米コーヒーです。爽やかですっきりとした味わいに、ほんのりとした苦味。「この土地にしかないものを活かしたい」という移住者たちの想いが、新しい名産品として結実しています。移り住んだ人がこの土地の魅力を再発見し、復活させる——石徹白ではそういった取り組みが次々と生まれています。
奇跡は、石徹白だけのものじゃない
この成功例は周囲にも波及しています。石徹白から車で約2時間の奥飛騨・福地温泉でも、平野さんが全面協力する形で小水力発電が導入されました。山の斜面と豊富な水を活かしたこの発電所の売電収入は、年間約4000万円を超える見込みだといいます。
小水力発電は大規模ダムのような巨大なインフラは必要ありません。水が豊富で高低差のある地形さえあれば、比較的小さな投資で始められる再生可能エネルギーです。平野さんは「全国の田舎でも十分実現できる」と力強く語ります。
限界集落と呼ばれた場所が、電力を自給自足し、移住者を呼び込み、子どもの声が戻ってくる——その奇跡の出発点は、1台の水車が静かに回り始めた瞬間でした。









