朝、顔を洗おうとして蛇口をひねる。何気ないその瞬間が、実はとても脆いバランスの上に成り立っているとしたら、あなたはどう感じますか。
国連大学が今年1月20日に公表した衝撃的な報告書があります。そこで使われていたのは「水危機」でも「水ストレス」でもなく、「水破産」という、聞き慣れない、しかし恐ろしく重い言葉でした。
報告書をまとめたカーベ・マダーニ氏はこう語っています。「危機と呼び続けることは、一時的なものだと示唆することになる。これは衝撃的な出来事だ」。
アフガニスタンの首都カブールは、近代都市として初めて水が完全に枯渇する可能性がある都市とされ、メキシコシティでは地下水の過剰なくみ上げによって、なんと年間約50センチものペースで地盤が沈み続けています。アメリカ南西部では、干上がりつつあるコロラド川の水をめぐって、州同士がいがみ合う事態にまで発展しているのです。
そしてもう一つ、見過ごせない話があります。世界経済フォーラム、いわゆるダボス会議の場では、以前から「水資源は富裕層や大企業が管理すべきだ」という趣旨の発言が、実際に飛び交ってきました。生命の源であるはずの水が、いつの間にか投機の対象となり、一部の富裕層が握る資源へと姿を変えつつある――。そんな不穏な構造が、静かに、しかし確実に広がっているのです。
「日本は水が豊かだから関係ない」。そう思っている方にこそ、読んでいただきたい内容です。実は日本の水道インフラも老朽化のピークを迎えており、すでに一部の自治体では、水道事業を民間企業に委ねる動きが始まっています。
「水は誰のものなのか」。この問いに、あなたはどう答えますか。
本編では、水が「金融商品」として扱われるようになった知られざる経緯や、日本にも忍び寄る「水破産」のリアルな足音について、さらに深く掘り下げています。ぜひ続きをご覧ください。














