「才能がないから」「もう遅いから」「時間がないから」——気づけば、こんな言葉で自分の可能性にそっと蓋をしていませんか。
実はこの3つの言い訳、江戸時代の国学者・本居宣長が、69歳のときにすでに見抜いていました。しかも彼は、ただ言葉で語っただけではありません。35年という歳月をかけて『古事記伝』全44巻を完成させ、自らの人生でその言葉を証明してみせた人物です。
宣長が晩年に書き残した入門書『うひ山ぶみ』には、こんな一節があります。
才のともしきや、学ぶことの晩おそきや、暇のなきやによりて、思いくずおれて、止まることなかれ
才能が乏しくても、始めるのが遅くても、時間の余裕がなくても——それを理由に心をくじけさせてはいけない、という意味です。
でも、本当に「才能がない」というのは事実なのでしょうか。それとも、傷つきたくない自分を守るための鎧なのでしょうか。「もう遅い」というのは、いったい何と比べて遅いのでしょうか。「時間がない」という感覚は、実は時間の使い方の問題ではないでしょうか。
本編では、この3つの言い訳を心理学の視点も交えながら一つずつ丁寧に解きほぐし、宣長自身の生涯——30代で師と出会い、69歳まで学び続けた道のり——を辿りながら、「なぜ人はくじけてしまうのか」「くじけない心はどこから生まれるのか」を、じっくり掘り下げています。
情報も学びの選択肢も溢れている今の時代に、なぜかえって私たちは挑戦に臆病になっているのか。その理由も、記事の中で考えていきます。
読み終えたとき、あなたにとっての「うひ山ぶみ」——初めての山登り——が、今日からでも遅くないと思えるはずです。














