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まずは「知る事」から始まる

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プロローグ:あるインタビューでの「脱線」

2026年8月3日、東京・NHKで行われた特集ドラマ『手塚治虫の戦争』の取材会。本来なら作品の見どころを語る場のはずでした。ところが冒頭、熊本出身の俳優・高良健吾さんは、台本にはない言葉を発します。

「令和8年熊本地震について、少し話をさせてください」

その瞬間、取材会は”宣伝の場”から”証言の場”へと姿を変えました。彼が語ったのは、いとこが暮らす八代市の生々しい現状。そして、そこには私たちが普段目にするニュースとは、少し違う温度の情報が含まれていたのです。

今回は、この高良さんの発言を入り口にしながら、「報道」と「現地の声」の間にあるギャップについて、じっくり掘り下げていきたいと思います。


令和8年熊本地震とは、どんな地震だったのか

まず、事実関係を整理しておきましょう。

2026年7月28日16時27分頃、熊本県熊本地方を震源とするマグニチュード7.1(気象庁マグニチュード)、最大震度7の地震が発生しました。気象庁はこれを「令和8年熊本地震」と命名しています。

震度7を記録したのは宇城市と八代郡氷川町。八代市や熊本市などでは震度6強を観測しました。震源の深さは16km、有明・八代海には津波注意報も発表されています。

国内で震度7が観測されたのは、2024年の能登半島地震以来のこと。そして熊本県内では、2016年の「平成28年熊本地震」からちょうど10年3ヶ月ぶりに震度7を記録し、熊本にとっては3度目の震度7地震となりました。

つまりこれは、単なる「また地震が起きた」というニュースではなく、10年前の記憶がまだ生々しく残る土地に、再び大きな揺れが襲ったという、二重の悲劇でもあるのです。

高良さんが「10年の間の復興の様子も見てきたので、胸が痛いです」と語ったのは、まさにこの文脈があってこそ。故郷の再建を、時間をかけて見守ってきた人にとって、それがまた崩れる光景は、私たちが想像する以上に重いものだったはずです。


いとこから届いた「現地の声」

高良さんが語ったのは、伝聞ではありますが、報道の枠には収まりきらないディテールでした。

八代市に住むいとこは、地震発生から数日間、車中泊を続けていたといいます。これは決して珍しいケースではなく、避難所のキャパシティや、余震への不安、プライバシーの確保など、様々な理由から多くの被災者が選択する現実的な手段です。とはいえ、真夏の車中泊がどれほど身体に負担をかけるかは、想像に難くありません。

そのいとこから伝え聞いた情報として、高良さんは老人ホームと保育園の状況を具体的に挙げました。

老人ホームでは、水、ミキサー食、おむつ、介護用の手袋といった物資が不足している。保育園でも水が足りていない。高良さんはこれを、こう表現しています。

「人が人を見る場所で、いろいろな物資が足りていない状況」

この言葉、何気なく聞き流してしまいそうですが、実はかなり本質的な指摘です。


なぜ「人が人を見る場所」が後回しになるのか

災害支援というと、私たちはつい「避難所に食料を届ける」「水を配給する」といった、目に見えやすい支援をイメージしがちです。しかし実際には、老人ホームや保育園、障がい者施設といった「ケアの現場」は、支援の優先順位付けにおいて、しばしば見えづらい存在になってしまいます。

理由はいくつか考えられます。

まず、こうした施設は入居者・園児という「動けない、あるいは動きにくい人々」を抱えているため、外部への発信力が弱いということ。避難所であれば行政職員や報道関係者が頻繁に出入りしますが、施設の中は閉じた空間になりやすく、内部の困窮が外に伝わりにくい構造があります。

次に、必要な物資が「専門的」であるという点。一般的な支援物資は水や食料、毛布といった汎用品が中心になりますが、介護現場で必要なミキサー食や介護用手袋、乳幼児向けの物資は、専門性が高く、支援する側にもニーズの想像力が求められます。

そして三つ目は、「命に直結しているように見えにくい」という誤解です。おむつが足りない、お風呂に入れない――これらは一見、緊急性が低いように感じられるかもしれません。しかし高齢者や乳幼児にとって、衛生環境の悪化は感染症や健康悪化に直結する、れっきとした命の問題です。

高良さんの「人が人を見る場所」という言葉には、こうした構造的な支援の隙間への、静かな、しかし切実な気づきが込められているように感じます。


「水はあるのに、お風呂に入れない」というねじれ

もうひとつ、印象的だったのが「水が足りていてもお風呂に入れない状況」という証言です。

これは一見、矛盾しているように聞こえますが、被災地の実情を知ると納得がいきます。多くの場合、水道は復旧していても、電気やガスが止まっているために給湯ができない、あるいは電気は来ていても水道管が損傷していて水が出ない、といった「ライフラインのねじれ」が起こるのです。

実際、今回の八代地域では、エアコンが避難所などに届けられても、電源そのものが確保できずに使えないというケースも報告されています。物資は届く。でも、それを使うための土台となるインフラが復旧していない。この「届いているのに使えない」というもどかしさは、被災経験のない人にはなかなか想像しにくい現実です。

私たちがニュースで目にするのは、多くの場合「〇〇トンの水を給水」「支援物資〇〇個を配送」といった、数字で語られる支援の”成果”です。しかしその数字の裏側で、実際にそれが被災者の生活にどう活かされているのか――あるいは活かされていないのか――までは、なかなか報じられません。


「報道と現地の声は違う」という言葉の重み

高良さんは、こう繰り返し語っています。

「報道と現地の声というのはまた違うと思うので、こういう場所から発信することによって、いろんな人に伝わっていけばいいなと思っています」

この言葉を、単なる「マスコミ批判」として受け取るのは、少し違うのではないかと思います。むしろこれは、報道というメディアの構造上の限界についての、冷静な指摘だと捉えるべきでしょう。

報道には、当然ながら文字数や放送時間の制約があります。限られた尺の中で、被害の全体像、行政の対応、著名人のコメント、専門家の解説など、伝えるべき情報は山のようにあります。その結果、どうしても「代表的な数字」や「象徴的な映像」に情報が集約され、個々の被災者が抱える細やかな困りごとは、こぼれ落ちやすくなります。

これは決して、報道機関が怠慢だというわけではありません。構造的に、そうならざるを得ない側面があるのです。だからこそ、高良さんのように「個人のネットワーク」を通じて届いた生の声を、あえて公の場で共有するという行為には、大きな意味があります。

SNSが発達した現代においては、被災地の情報は必ずしもマスメディアだけを通して伝わるものではなくなりました。むしろ、著名人や一般の人々が、自身の人間関係を通じて得た一次情報を発信することで、報道の”すきま”を埋めていく――そんな新しい情報のあり方が、今回のケースにも表れているように思います。


「継続的に向き合う」という難しさ

高良さんの発言の中で、私が特に心を動かされたのはこの一節です。

「僕ができることは、復興を今この瞬間だけじゃなくて継続的に向き合っていくこと」

災害報道には、どうしても「関心のピーク」と「風化」というサイクルがつきまといます。発災直後は連日大きく報じられ、多くの支援金や物資が集まります。しかし数週間、数ヶ月と経つにつれ、メディアの露出は減り、世間の関心も他のニュースへと移っていきます。

けれど、被災者の生活再建は、地震が起きた瞬間に終わるものではありません。むしろ、そこからが本当のスタートです。仮設住宅への入居、生活再建資金の申請、心のケア、コミュニティの再構築――これらは何年もかけて、じわじわと進んでいくプロセスです。

2016年の熊本地震から10年。まさにその「10年」という歳月そのものが、復興というものが決して短距離走ではなく、マラソンであることを物語っています。そして今回、再び大きな地震に見舞われた熊本の人々は、また新たなマラソンのスタートラインに立たされたことになります。

高良さんが「今この瞬間だけじゃなく」と強調したのは、こうした復興の長期性を理解しているからこその言葉なのだと思います。


私たちにできる「気付き」とは何か

ここまで読んでくださった方に、あらためて問いかけたいことがあります。

私たちは、災害のニュースを見るとき、つい「かわいそう」「大変そうだ」という感情で終わらせてしまいがちです。しかし、その先にある「なぜその支援が足りないのか」「なぜその声が届かないのか」という構造にまで、思いを馳せたことはあるでしょうか。

老人ホームや保育園といった「ケアの現場」が、支援の狭間に落ちやすいという事実。ライフラインが部分的に復旧しても、生活の質が回復するまでには時間がかかるという現実。そして、報道という仕組みそのものが持つ、情報の取捨選択の限界。

これらはすべて、今回の地震に限った話ではなく、あらゆる災害において繰り返されてきた構造的な課題です。だからこそ、私たちがこうした「気付き」を得ることには、大きな意味があります。次に何か支援をするとき、あるいは誰かに情報を伝えるとき、その気付きが、より的確な行動につながっていくはずだからです。

高良さんが芸能人としての立場を使って、あえて取材会という場で発信したこと。それ自体が、一つの「気付きのバトン」だったのではないでしょうか。


おわりに ― 「祈るばかり」の先にあるもの

高良さんは最後に、こう締めくくっています。

「被災された方々が1日でも早く日常を取り戻せることを祈るばかりです」

「祈る」という言葉は、一見、受け身な表現に聞こえるかもしれません。しかし、遠く離れた場所からできることには限りがある中で、関心を持ち続け、発信し続けるという行為そのものが、すでに一つの支援の形なのだと思います。

被災地から遠く離れた私たちにできることは、決して大きくはないかもしれません。けれど、こうした「現地の声」に耳を傾け、報道の向こう側にある現実に想像力を働かせること。それこそが、復興を「継続的に」支えていく、最初の一歩になるのではないでしょうか。

熊本の一日も早い日常の回復を、心から願っています。

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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