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まずは「知る事」から始まる

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はじめに:あなたの「なんとなくモヤモヤする」は、気のせいではありません

最近、家族に「体にいいから」と勧められて、小さなピンク色の粒を飲むようになりました。ところがこれを飲むと、なぜか急に眠くなってしまいます。不思議だなと思いながらテレビをつけると、ちょうど国会中継が流れていました。そして気づいたのです。あの粒を飲んだときと同じような眠気が、国会中継を見ているときにも襲ってくることに。

政治家の言葉というのは、なぜこうも眠くなるのでしょうか。のらりくらりとした答弁、核心をぼかす言い回し、聞いているうちに何を議論しているのかすら分からなくなってしまう。しかし、現実の私たちには、居眠りをしている余裕などありません。

スーパーに行けば野菜の値段に目を疑い、ガソリンスタンドでは給油のたびに財布の中身が寂しくなっていきます。「大丈夫です」と口では言われますが、一体何が大丈夫なのでしょうか。税金で生活し、様々な特権に守られながら、国民には負担ばかりを強いる構図。「お天道様に顔向けできるのか」と、思わず口にしたくなる光景が、あまりにも多いように感じます。

そこで今回は、一人の生活者として、そして世間でよく見かける「おじさんのぼやき」を出発点にしながら、今の政治に対する5つの提言を、あらためて深掘りしてお届けしたいと思います。読み終えたとき、あなた自身の「モヤモヤ」の正体が、少しでもはっきりすればうれしいです。


提言1:議員定数の「半分削減」は、本当に非現実的な話なのか

「身を切る改革」という言葉を、久しぶりに思い出した方も多いのではないでしょうか。かつて大阪発のある政党が声高に叫んでいたこのフレーズも、今ではすっかり聞かなくなりました。

財政が厳しい、財源が足りない——そう繰り返す前に、まず問われるべきは「あなたたちの数は、本当にその規模が必要なのか」という、極めてシンプルな疑問です。

「国会議員を削減するって話どこ行っちゃったの?……半分でいいと思うんだよ。国会議員だけじゃなくてね。各市町村もやっぱり僕は半分ぐらいでいいと思うんだよ」

こうした素朴な疑問を、単なる「暴論」として片付けてしまってよいのでしょうか。もちろん、議員定数を減らせば民意の多様性が失われる、少数意見が国会に届きにくくなる、というまっとうな反論もあります。実際、定数削減には慎重であるべきだという専門家の意見も少なくありません。

ただ、それでも多くの人が引っかかるのは、「自分たちの身分や報酬に関わる制度」だけは、驚くほど昭和のころから変わっていないという事実です。銀行法をはじめとした様々な仕組みが時代に合わせて見直される一方で、自分たちの特権に関わる部分だけは、都合よく据え置かれてはいないでしょうか。

削減の是非そのものよりも、「なぜ自分たちの数や待遇だけは、いつまでも聖域なのか」という問いこそが、私たちが本当に考えるべきテーマなのかもしれません。


提言2:消費税0%は「技術的な問題」ではなく「決断」の問題ではないか

消費税をめぐる議論にも、同じような違和感を覚えます。総理が交代し、新しい体制になったのであれば、思い切って「ゼロ」にすればいいのではないか——そんな声を耳にすることがあります。

しかし実際に出てくるのは、「1%にする」「レジのシステム改修に時間がかかる」といった、事務的な理由ばかりです。

「そんなもの時間かかってもいいからゼロにしてくれた方が、俺たちは嬉しいわけだよね」

もちろん、消費税は社会保障の重要な財源であり、単純にゼロにすればすべてが解決するわけではないという指摘も事実です。財源をどう補うのか、将来世代へのツケをどうするのか、といった議論を抜きに語ることはできません。この点は、経済学者やエコノミストの間でも意見が分かれる、非常にデリケートなテーマです。

それでも、庶民の実感として求められているのは、複雑な理屈や「できない理由」の羅列ではなく、「今の暮らしをどう楽にするか」という、もっとシンプルな決断ではないでしょうか。事務的な手間を理由に、目の前の生活の苦しさを後回しにしてしまうことこそが、政治への信頼を失わせているように思えてなりません。

あなたなら、この二つのどちらの言葉に、より心を動かされるでしょうか。


提言3:月5万円の年金で「どう暮らせというのか」という、あまりに切実な現実

今の政治家は、本当の意味で「生活」というものを理解しているのでしょうか。

物価はどんどん上がり、ガソリン代も高止まりしたままです。そんな中で、月々5万円やそこらの年金で暮らすお年寄りたちが、一体どうやって毎日の食事をまかなっているのか、想像したことがあるでしょうか。

便乗値上げとしか思えないような商品も、街には増えてきました。過剰な包装、必要以上に立派なパッケージ——そうしたコストは、結局のところ商品の価格に転嫁され、消費者が負担することになります。昔のように、大根を新聞紙でくるんで売っていた時代のシンプルさが、今となっては懐かしくすら感じられます。

机の上で数字だけを見つめている人たちには、現場で暮らす人々の悲鳴が、なかなか届いていないのかもしれません。お年寄りたちが、明日への不安を抱えることなく暮らせる社会をどう作るか——これは単なる「バラマキ」の是非という話ではなく、この国の設計そのものに関わる本質的な議論のはずです。

もちろん、年金制度は少子高齢化という構造的な問題と切り離せず、給付を増やせば増やすほど、その負担は将来世代に回っていくという厳しい現実もあります。世代間の公平性をどう保つのか、簡単に答えの出るテーマではありません。それでも、「今、目の前で困っている人」の存在を、数字の議論の陰に隠してしまってよいはずがないのです。


提言4:外交に必要なのは、相手の顔色をうかがわない「毅然とした言葉」ではないか

外交の場面に目を向けると、印象に残る出来事がありました。ある政治家が、中国に対して日本の立場をはっきりと、名指しで述べたことがあったのです。この毅然とした姿勢には、アジアの国々からも一定の評価が寄せられたと言われています。

こうした「はっきりと物を言う姿勢」こそが、これまでの日本の外交に欠けていたものではないか、という見方があります。中国、北朝鮮、そしてアメリカに対しても、ただ相手の顔色をうかがい、波風を立てないことばかりを優先していては、国益を守ることは難しいのではないか——そんな問題提起です。

一方で、外交というものは「強い言葉」だけで成り立つものではない、という重要な指摘もあります。強硬な発言が、かえって関係国との緊張を高め、経済的な報復や外交的な孤立を招くリスクも指摘されており、実際に専門家の間でも「対話と圧力のバランス」をどう取るべきかについては、意見が大きく分かれています。毅然とした態度が評価される場面もあれば、慎重な対話こそが結果的に国益を守った、という歴史的な事例も少なくありません。

「強さ」と「賢さ」は、必ずしも同じ意味ではないのかもしれません。あなたは、これからの日本の外交にどちらの姿勢をより強く求めますか。


提言5:不祥事や過ちの裏にある「家族の絆」を、私たちはどう見つめるべきか

少し話は変わりますが、世間を騒がせるいわゆる「不祥事」についても、一言触れておきたいと思います。著名な公人の家族にまつわる騒動が報じられ、世間が大きくざわついた、という出来事もありました。

人間には誰しも、間違いを犯してしまう瞬間があります。メディアや世論は、時としてその一点だけを取り上げて厳しく追及しますが、本当に大切なのは、その後にどう向き合い、どう立ち直っていくかではないでしょうか。

仕事を失い、社会的に窮地に立たされたとき、何よりの支えになるのは、周囲からの糾弾ではなく、家族の存在そのものかもしれません。時には「今はそっとしておいてあげよう」と、静かに見守る温かさがあってもいいはずです。

もちろん、公的な立場にある人物の行動には、相応の説明責任が求められるのも事実であり、「情」だけを理由にすべてを不問にすべきではない、という指摘も当然あります。批判や検証そのものを否定することはできません。それでも、批判一色になりがちな今の社会の中で、最後には人としての「情」を大切にする視点を、私たちは失いたくないと感じています。


おわりに:私たちは、どんな「背中」を見て生きていきたいのか

自分たちの身を削る努力をせず、様々な特権に守られながら、国民の税金を使って消費税や財源のあり方を議論する——そんな政治家の姿を見るたびに、「あなたたちは、自分自身のお金で生活したことがあるのか」と、問いかけたくなる瞬間があります。

自分の立場を守ることばかりに気を取られ、国民の暮らしが置き去りにされているように感じられる光景は、あまりにもやるせないものです。

もちろん、ここまで挙げてきた提言のすべてが、そのまま実行可能な「正解」だとは限りません。定数削減にも、消費税ゼロにも、外交の強硬姿勢にも、それぞれに慎重であるべき理由があります。政治とは、単純な「べき論」だけでは動かない、複雑でデリケートな営みでもあります。

だからこそ大切なのは、「これが正しい」と一方的に決めつけることではなく、こうした素朴な違和感や問いかけを、私たち一人ひとりが自分の頭で考え直してみることではないでしょうか。

政治家には、恥を知り、どこを削れば国民が本当に幸せになれるのかを、もう一度考えてほしいと思います。そして私たち自身も、「この人の背中についていきたい」と思えるような政治とは何なのかを、これからも問い続けていく必要があるのだと思います。

あなたなら、この5つの提言のうち、どれに一番共感し、どれに一番疑問を感じたでしょうか。


上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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