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まずは「知る事」から始まる

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2022年の安倍晋三元首相銃撃事件から、戦後日本の「裏側」が再び注目を集めています。その鍵を握る人物こそ、岸信介です。A級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監された男が、なぜ不起訴で釈放され、後に首相の座にまで上り詰めたのか。そこには、米国中央情報局(CIA)との深い関係が浮かび上がります。

岸信介は東条英機内閣で商工大臣を務めた後、1945年にA級戦犯容疑者として巣鴨プリズンに収監されました。しかし1948年12月、不起訴のまま釈放されます。この異例の扱いの背景には、米国の対日占領政策が「非軍事化」から「反共産主義の防波堤づくり」へと急転換した「Reverse Course(逆コース)」がありました。冷戦の激化とともに、アメリカは日本を共産圏に対する前線基地として重視し、保守派の有力者を再利用する道を選んだのです。

ここで岸は、笹川良一、児玉誉士夫らとともに、米国側との「契約」のような関係を築いたと指摘されています。釈放後、彼は保守勢力のまとめ役として台頭し、1955年の自民党結党にも大きく関与しました。一部の歴史研究では、CIAが岸を積極的に支援し、自民党を反共の牙城として育て上げた可能性を指摘する声もあります。

さらに、1950年代後半から60年代にかけて、CIAは自民党に対して秘密資金を提供していたことが、ニューヨーク・タイムズなどの報道で明らかになっています。岸自身も選挙資金の援助を受けていたとされ、日米安保条約改定(1960年)では米国の強い影響下にあったと言われています。彼は「同盟者(ally)」として扱われ、徹底した反共産主義路線を貫きました。

また、岸は勝共連合や統一教会(旧統一教会)といった反共組織とのつながりも深く、これらが戦後日本社会に与えた影響は計り知れません。家族の崩壊や高額献金問題として今も語られる「装置」を、意図的に日本に持ち込んだという見方もあります。

もちろん、すべてを陰謀だけで説明するのは簡単ではありません。公開された資料は限定的で、機密文書の多くは今も封印されたままです。それでも、巣鴨プリズンでの出来事が、戦後日本の政治構造を根本から規定した「影の契約」だった可能性は、否定しがたい歴史的事実として残っています。

安倍晋三氏の祖父である岸信介の足跡を知ることは、単なる過去の掘り起こしではありません。私たちが今生きる日本の政治や社会の「原点」を理解する鍵でもあります。この記事を読んで、もっと深く知りたいと思った方は、ぜひ本編をお読みください。そこには、教科書には書かれていない戦後日本のもう一つの顔が、静かに語られています。

https://note.com/taka_peace369/

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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