「なんでミュージシャンはもっと政治的なことを歌わないの?」
この問いかけ、SNSでたびたび見かけますよね。反戦を歌え、社会を変えろ、もっと声を上げろ——そういう声は昔より確実に増えています。
でも、ちょっと待ってほしいんです。
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「興味がない」わけじゃない
まず大前提として、政治に無関心なミュージシャンなんていないと思います。だってみんなと同じように、この社会で生きているんだから。
戦争がなくなってほしいと思う気持ちは、当然あります。理不尽な出来事に怒りを感じることも。今この瞬間にも、世界のどこかで戦場に送られている人がいる——そのことを「おかしい」と感じていないミュージシャンなんて、たぶんいないです。
問題は「感じているかどうか」じゃなくて、「どう伝えるか」なんですよね。
知識のない感情論で語ることの「責任」
たとえばこう考えてみてください。
戦争はダメだ、と思う。それは本当にそう思う。でも「じゃあどうすれば終わるの?」と聞かれたとき、ちゃんと答えられる自信があるかどうか。
浅い知識のまま、たくさんの人が聴いてくれている場所で「こうすべきだ」と断言することって、実はものすごく無責任なことだと思うんです。影響力があるからこそ、余計に。
「バカだから政治のことわからない」って言葉、一見すると自己卑下に聞こえるかもしれないけれど、これって本当は誠実さの表れじゃないかなって。わかってもいないことをわかったふりで語らない、という姿勢。
SNS時代の「発言コスト」は異常に高い
もう一つ、現代特有の問題があります。
ちょっとでも政治的なことに触れると、コメント欄が大変なことになる。反戦を歌ったとしても、賛成派にも反対派にも叩かれる——なんてこともある。「ミュージシャンごときが政治を語るな」という声だって飛んでくる。
昔、まっすぐに自分の言葉で社会を歌ったアーティストが今の時代にいたとしたら、SNSの炎上文化の中でどんな目に遭っていただろうと想像すると、ちょっと怖くなります。
伝え方が難しくなった時代なんです、今は。
じゃあ、ミュージシャンに何ができるのか
ミュージシャンの仕事って、みんなの気持ちを代弁することだと思います。
「愛が大切」「平和がいい」なんて言葉は誰でも言える。でもそれを「音楽」にするのは、別の話。直接的に歌うことがかっこいいか、抽象的に歌うことがかっこいいか——それはミュージシャンそれぞれが選んでいい。
自分にできること、それは政治の専門家になることじゃなくて、夜眠れない人の気持ち、不安でどうしようもない人の雰囲気、うつ病で苦しんでいる人の空気感——そういうものを音楽にすることです。
解決策は出せなくても、「わかるよ」って伝えることはできる。その「わかるよ」が、誰かの夜を少し軽くするかもしれない。
期待のかけ方を、少し変えてみてほしい
政治的な音楽を作っているアーティストは本当にすごいと思います。尊敬している。でも、それだけがミュージシャンの正解じゃない。
「なんで歌わないんだ」と牙を向くより、それぞれのミュージシャンが選んでいる「伝え方」を尊重してみる。そういうリテラシーが、今の時代には必要なんじゃないかなと思います。
歌で世界が変わるなら、みんな歌います。本当に。
でも今できることを、今の言葉で、今の音楽でやっていく——それがたぶん、誠実なミュージシャンの答えなんだと思います。











