目次:Contents
貿易・金融ときて、次は「人」だった
グローバリズムってよく聞く言葉ですが、その本質ってなんでしょう?
ざっくり言うと「国境の壁をなくして、世界をひとつに統合する」という動きです。その流れはこの数十年で段階的に進んできました。
まずモノの移動の自由化(貿易の自由化)、次にカネの移動の自由化(金融のグローバル化)。この2段階はもうほぼ完成しています。
そして残った最後のピースが、「人の移動の自由化」=移民政策なんです。
ブレジンスキー(元米国家安全保障担当補佐官で地政学の大物)もこのロジックに言及していたとされています。つまり移民問題は、突発的に起きた人道的課題ではなく、グローバル支配層が長期的に設計した世界戦略の一環だという見方ができるわけです。
「自由貿易の旗手」を名乗る中国という矛盾
少し話はそれますが、ここで見逃せないのが中国の存在です。
自国経済は全く自由化せず、補助金で産業を手厚く保護しながら、国際社会では「自由貿易の先頭に立つ」と堂々と主張している。これ、どう考えても矛盾してますよね。
でも不思議と国際社会ではそれがまかり通っている。なぜか?
ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)という「魔法の言葉」があるからです。この言葉を盾にすれば、明らかな嘘でもなかなか批判しにくい空気が生まれてしまう。平成の時代に最も得をしたのは中国だった、という指摘はかなり鋭いと思います。
日本だけが「待った」をかけていない
アメリカもEUも、移民政策に対して近年ブレーキを踏み始めています。トランプ大統領の登場、ヨーロッパ各国での右派政党の躍進……これらはまさに「市民の反乱」と言えるでしょう。
ところが、世界の主要国の中で唯一、移民拡大にブレーキをかけていない国が日本なんです。
平成30年末時点で在留外国人はすでに273万人。国籍別では中国・韓国・ベトナム・フィリピン・ブラジルと続きます。そしてこれをさらに増やそうとしているのが今の日本政府です。
その大義名分として使われているキーワードが「多文化共生社会」。響きはいいですよね。でもこれ、世界中どこを見ても実現した例がないんです。
「多文化共生」という美しい幻想
文化には確かに優劣はありません。それぞれの文化が、それぞれの土壌の中で育まれた価値を持っています。
でも問題は、異なる文化が同じ空間に押し込まれたときに起きることです。
移民たちは見知らぬ土地で生き抜くために、同じ出身者同士で固まり、閉鎖的なコミュニティを作らざるを得ない。それは責めることができない、人間として自然な行動です。
でもその結果、社会は分断されていく。アメリカを見れば一目瞭然で、エスニックグループごとに居住地域が完全に分かれ、社会の分裂はトランプ登場以前からすでに起きていたんです。
「トランプが社会を分断した」というのはメディアの歪曲で、実際にはトランプはバラバラになったアメリカを「America First」という理念でひとつにまとめようとした、という見方もできます。
私たちが今、気づくべきこと
移民・難民問題は「かわいそうな人を助ける人道問題」としてパッケージされていますが、その裏側には国民国家の主権を弱め、グローバルな管理体制に統合するという大きな目的があるのかもしれません。
かつて明治日本が関税自主権の回復に命をかけたように、国家主権とは国境管理そのものです。その最後の砦が「人の移動」であり、移民政策なんです。
日本が令和という新しい時代を本当に豊かな時代にするためには、この問題から目を背けることはできないと思います。
「多文化共生」という言葉の心地よさに流されず、世界で何が起きているかをしっかり見ていく必要がありそうです。











