あなたの足元に、実は「答え」が眠っているとしたら
もし、長年「危険なもの」「厄介なもの」として扱われてきたものが、実は世界を変えるほどの価値を秘めていたとしたら、あなたはそれをどう受け止めるでしょうか。
鹿児島県本土のおよそ半分を覆っている「シラス」。この火山噴出物でできた砂は、地元の人たちにとって長らく歓迎される存在ではありませんでした。非常に崩れやすく、大雨のたびに土砂災害を引き起こす原因となり、恐れられ、避けられ、「厄介者」というレッテルを貼られてきた歴史があります。
しかし今、その厄介者が、世界中が渇望する最先端の資源へと生まれ変わろうとしています。私たちの足元に広がっていた「災害の種」が、なぜ「夢の資源」へと進化できたのか。そこには、ものの見方を180度変えてしまうほどの発想の転換と、34年という気の遠くなるような歳月をかけた研究者の情熱がありました。
このお話は、単なる「地方の技術ニュース」にとどまりません。「価値がない」と思い込んでいたものの中に、実はとんでもない可能性が隠れているかもしれない──そんな気づきを、私たちに与えてくれる物語です。
ぜひ最後まで読んで、あなたの足元にも「まだ気づいていない資源」がないか、考えてみてください。
1. なぜ「災害の原因」がコンクリートを強くするのか
まず驚くべきはここです。長年、土砂災害の元凶として恐れられてきたシラスが、実はコンクリートの主原料であるセメントの代わりとして使えることが、最新の研究で明らかになりました。置き換える割合は1〜2割ほどですが、これがただの「かさ増し」ではないところがポイントです。
シラスの主成分は「火山ガラス」と呼ばれるものです。この火山ガラスを精密に抽出し、微粉末にしてセメントに混ぜ込むと、コンクリート内部の組織がより緻密になり、強度や耐久性が大幅に向上するという性質を持っています。つまり、シラスを混ぜたコンクリートは、ただ環境に優しいだけでなく、「質の面でも優れたコンクリート」になり得るということです。
これまで私たちは、シラスを「危険な自然物」としてしか見てきませんでした。しかし研究者たちは、その同じ物質を「精密に制御すれば価値ある工業材料になる」と捉え直したのです。これはまさに、対象そのものが変わったのではなく、「見る目」が変わったことで価値が生まれた好例だと言えるでしょう。
この研究を長年牽引してきた鹿児島県工業技術センターの袖山健一さんは、こんな言葉を残しています。
「この膨大な量が目の前にあるので、というか足元にあるので、これがもし材料に変われば一挙にその若い人たちのシラスを見る目が変わるだろうなと。」
足元にあるからこそ気づきにくい。しかし、足元にあるからこそ、いざ気づいたときのインパクトは計り知れません。あなたの身の回りにも、当たり前すぎて誰も価値に気づいていないものが、実はあるのではないでしょうか。
2. 「空気」でふるい分ける、執念のハイテク技術
シラスをセメントの代替材料として実用化するには、大きな壁がありました。天然のシラスは、実は単一の物質ではなく、「火山ガラス」「砂の結晶」「軽石」「粘土」という4つの異なる成分が入り混じった、複雑な混合物だったのです。この中から、材料として本当に価値のある「火山ガラス」と「軽石」だけを取り出す必要がありました。
この難題を解決したのが、企業と共同で開発された専用の選別装置です。開発には約6,000万円という決して小さくない費用と、実に7年という長い歳月が費やされました。
仕組みはとてもシンプルかつ巧妙です。4つの成分はそれぞれ重さが微妙に異なります。そこで装置の下から空気を送り込み、その浮力と重さの差を利用して、各成分をふわりと浮かせながら精密に分離していくのです。まるで大きな扇風機で、軽いものと重いものをそっと選り分けるようなイメージでしょうか。
しかし、この技術にたどり着くまでの道のりは平坦ではありませんでした。袖山さんは装置の開発にあたり、全国各地を飛び回り、数え切れないほどの試行錯誤と失敗を繰り返してきたといいます。理論上は正しくても、実際に稼働させてみると思うように成分が分離できない。装置の角度や風量、投入するシラスの粒度など、無数の変数を一つひとつ調整しながら、正解のない道を突き進んでいったのです。
まさに「執念」としか言いようのない粘り強さが、この空気選別装置を生み出し、シラスを厄介者から工業資源へと昇華させる決め手になりました。
技術というと、私たちはつい華やかな発明や、天才的なひらめきをイメージしがちです。しかし本当のブレイクスルーの裏側には、こうした地道な失敗の積み重ねと、諦めない執念があることを、この話は教えてくれます。
3. 髪の毛の半分の細かさ──「量産」がすべてを変える
選別された成分を、さらに細かく粉砕して完成するのが「火山ガラス微粉末」です。その粒子の大きさは、なんとわずか5ミクロン。これは髪の毛の太さの約2分の1という、驚異的な細かさです。目に見えないレベルまで砕くことで、セメントと均一に混ざり合い、コンクリートの緻密性を高めることができるのです。
ただし、この技術の本当の凄みは、細かさそのものよりも「生産スケール」にあります。100kgのシラスから、およそ65kgの微粉末を抽出することができますが、これまでの実験用装置では1日にわずか120kgしか生産できませんでした。研究レベルとしては十分でも、産業として成立させるにはあまりにも小さな規模です。
ところが、新たに開発された装置が実用化されれば、状況は一変します。1日あたりの生産能力は、なんと1,440トン。実験段階と比べて「1万倍以上」という、桁違いの増産体制が整うことになります。
これは単なる数字の話ではありません。「作れることはわかっている」段階から、「実際に社会で使えるだけの量を、安定して供給できる」段階へと踏み出すことを意味しています。どんなに優れた技術も、量産できなければ実験室の中の夢物語で終わってしまいます。逆に言えば、この量産体制の確立こそが、シラスが実験段階から一気に巨大な産業へと飛躍するための、最後にして最大のピースだったのです。
4. コンクリート業界の”痛いところ”を突く、脱炭素の切り札
ここからは、少し視点を広げて、地球規模の課題との関係を見ていきましょう。
実は、私たちが普段何気なく利用しているコンクリートは、地球温暖化に対して決して小さくない負荷をかけています。現在、セメント業界のCO2排出量は年間およそ3,800万トン。これは国内全体の排出量の約4%にも相当する、無視できない数字です。
なぜこれほど多くのCO2が排出されるのでしょうか。それは、セメントの主原料である石灰石を、高温で焼成(焼く工程)する際に、大量のエネルギーと化学反応によるCO2が発生してしまうからです。具体的には、石灰石1トンを焼成するごとに、約0.8トンものCO2が発生するといわれています。原料を焼くという、セメント製造の根幹となるプロセスそのものが、避けようのないCO2排出源になっているのです。
これに対し、シラスから作られる火山ガラス微粉末は、根本的に異なる製造プロセスを持っています。自然界にすでに存在している火山ガラスを、物理的に選別し、粉砕するだけ。つまり「熱を加えない」プロセスで製造できるのです。
セメントの一部を、この焼成不要なシラス微粉末に置き換えることができれば、それだけでCO2排出量を大きく削減できます。カーボンニュートラルの実現が世界共通の課題となっている今、建設業界にとってこれは非常に大きな意味を持つ一手です。鹿児島発のこの技術は、地方の一発明にとどまらず、世界市場が渇望する脱炭素の切り札となる可能性を秘めているのです。
私たちは日々、脱炭素というと自動車や発電といった分野をイメージしがちですが、実は普段目にする「建物」や「道路」を支えるコンクリートにも、大きな変革の余地が眠っていたのです。
5. 34年の情熱が紡ぐ、地方創生というロマン
この技術の裏側には、数字やデータだけでは語り尽くせない、人間ドラマがあります。
このプロジェクトには、実に34年という長い歳月が費やされてきました。定年を控える袖山さんは、その積み重ねてきた技術と情熱を、今、次世代の若い研究者へと継承しようとしています。
「最後ヒットを打つのは彼なんですよ。」
そう語る袖山さんの視線の先には、シラスの未来を担う若き研究者の姿があります。自分がバトンを渡した先で、次の世代がホームランを打ってくれる。そんな未来を思い描きながら、袖山さんは技術のバトンを託そうとしているのです。
ビジネスとしての期待も決して小さくはありません。この技術が普及すれば、年間21億円もの売上が見込まれているといいます。現在、九州のセメント製造拠点は福岡や大分に偏っていますが、もし鹿児島にシラス由来の材料拠点が誕生すれば、これまでの地域経済の構造そのものを塗り替える、大きな起爆剤になる可能性があります。
袖山さんは、こんな印象的な言葉も残しています。
「シラスはロマンですよね。ロマンだし、あの、足元にある資源。工業資源として利用できれば地方から地方創生の起爆剤になるかなと。」
「ロマン」という言葉に、袖山さんの想いが凝縮されているように感じます。厄介者だったものが、地域の誇りへと変わっていく。そんな物語を、鹿児島の地から発信していこうとしているのです。
おわりに:私たちの「すぐそば」に、まだ気づいていない未来がある
「崩れやすくて危険な砂」というシラスのイメージは、今まさに「地球を救う戦略的資源」へと塗り替えられようとしています。かつての厄介者が、私たちの住むビルや社会インフラを支え、環境負荷を減らす主役へと躍り出る。その未来は、決して遠い話ではなく、もう手の届くところまで来ています。
この物語を通じて、私たちが考えたいのはこんな問いです。
「価値がない」「厄介だ」と、私たちが決めつけてしまっているものの中に、実はまだ誰も気づいていない可能性が眠っているのではないでしょうか。
それは地域の資源かもしれませんし、身の回りにある廃棄物かもしれません。あるいは、自分自身の中にある、まだ活かしきれていない経験や能力かもしれません。
シラスが「見る角度」を変えることで夢の資源に生まれ変わったように、私たちの日常にも、視点を少し変えるだけで新しい価値が見えてくるものが、きっとあるはずです。
シラスが使われたビルの中で暮らし、足元の資源が持続可能な社会を支えていることを実感する。そんな新しい鹿児島の姿を、そしてそれに続く日本各地の姿を、皆さんはどんなふうに想像するでしょうか。
足元を、もう一度見つめ直してみる。そんなきっかけに、この記事がなれば嬉しいです。














