大阪が「もう終わった街」だと言われていた時代がありました。
江戸時代には「天下の台所」として栄えた大阪も、明治維新で政治と経済の中心が東京へ移ると、一気に地位を失います。商人たちは資産を失い、街全体に漂うのは、諦めムードだけ。
そんな衰退しきった大阪に、あえて飛び込んでいった一人の男がいました。五代友厚(ごだい ともあつ)です。
薩摩藩士として生まれ、薩英戦争では捕虜になり、命からがら脱出。その後イギリスに渡って国際感覚を身につけ、明治政府では大阪税関長などの要職を歴任します。誰もが羨む「安定した官僚の地位」を手にしていたはずでした。
ところが彼は、その地位をあっさりと捨てます。
「男子一度世に処す無為にして終るは深く恥づる所なり。余は生涯決して安逸愉楽を希望せず」
――何もせずに一生を終えるのは、一番の恥だ。楽をして生きようなどとは思わない。
この覚悟のもと、五代は大阪商法会議所や大阪株式取引所、商業講習所などを次々と立ち上げ、衰退した大阪を「東洋のマンチェスター」と呼ばれるまでの経済都市へと押し上げていきます。「東の渋沢、西の五代」と称されるまでになった、その原動力は一体何だったのか。
しかし彼の人生は、栄光だけでは終わりませんでした。晩年、彼を突然襲った「疑惑」。長年悪者扱いされてきたその評価が、今、大きく見直されつつあることをご存知でしょうか。
地位でも名誉でも金でもなく、「目的」のために生きた一人の男の生涯には、現代を生きる私たちへの問いが、いくつも隠されています。
あなたにとっての「目的」とは、何でしょうか。
続きでは、五代が残した名言の一つひとつを深掘りしながら、彼の生き方から浮かび上がる5つの問いを紐解いていきます。














