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まずは「知る事」から始まる

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7月17日、京都に「コンチキチン」の音が響きました。

前祭・山鉾巡行。23基の豪華絢爛な山鉾が、四条烏丸から御池通へと練り歩く「動く美術館」。多くの人はこれを、日本の夏を彩る美しい伝統行事だと捉えていると思います。もちろんそれは間違いではありません。

でも、この祭りをただの「綺麗な観光イベント」として消費してしまうのは、正直かなりもったいないことだと私は思っています。

なぜなら祇園祭の起源を辿ると、それは単なる美術品の行列ではなく、”日本人が1150年以上かけて磨き上げてきた、ある種の危機管理システム”だったことが見えてくるからです。

始まりは平安時代前期、貞観11年(869年)。この年、京の都をはじめ日本各地で疫病が猛威を振るっていました。しかも当時の日本列島は、疫病だけでなく、富士山の大噴火や東北を襲った貞観地震・大津波といった、想像を絶する天変地異にも同時に見舞われていた時期でもあります。

医学もなく、科学的な説明もできない時代に、人々は当時の国の数にちなんだ66本の矛を立て、「祈り」という形で集団の不安をひとつにまとめ、鎮め、前を向く力に変えていきました。それが「祇園御霊会」であり、祇園祭の原点です。

以来1150年以上、応仁の乱による30年以上の中断も、江戸時代の三度の大火も乗り越え、京都の町衆たちは自らの財と誇りをかけて、この祭りを何度でも立て直してきました。2022年には、実に約200年ぶりに「鷹山」が後祭の巡行に復帰しています。

見えない脅威に怯えながらも、集団としてどう心を保ち、社会を再生させていくか。感染症のパンデミックや相次ぐ自然災害を経験した今の私たちにとって、この1150年分の知恵は、決して過去だけの話ではないはずです。

山鉾巡行を「なんとなく綺麗な行事」として眺めるのか、その裏にある人間の執念と知恵を感じ取るのか。同じ景色でも、知れば知るほど見え方は変わってきます。

https://note.com/taka_peace369/

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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