目次:Contents
法律って、誰を守るためにあるんだっけ?
突然ですが、こんな話を聞いたらどう思いますか。
過去に23回も有罪判決を受けた人物を国外追放しようとした国家が、逆に裁判所から「賠償金を払え」と命じられる――。
しかも、その賠償金は国民の税金から支払われます。
これは架空の話でも風刺コントでもなく、2025年のイタリアで実際に起きていることです。ジョルジャ・メローニ首相自らが「恥ずべきニュース(Una notizia vergognosa)」と呼んだこの事態、実は単なる司法判断のミスではなく、もっと深いところで「何か」が動いているようにも見えます。
「船で警察に体当たり」したら76,000ユーロもらえた件
話はもう一つあります。
2019年、カロラ・ラケーテというNGOの船長が、イタリア当局の制止を完全無視して、財務警察(Guardia di Finanza)の警備艇に物理的に体当たり(スぺロナメント)しながら不法移民を上陸させました。当時も大きな論争を呼んだこの事件、司法は「大量の移民を連れてくるためなら、警察の封鎖を突破してもOK」というとんでもない解釈を示して、彼女を実質的に無罪としました。
ここまでで十分おかしいのですが、話はさらに続きます。
今度は、その際に押収・留置された船の「損害」として、イタリア政府がNGO側に76,000ユーロ(約1,200万円)を支払うよう命じられたのです。
NGO側はこれを受けて勝ち誇ったように声明を出しました。
「法は再び、市民的不服従に正当性を与えた」
警察の艇に体当たりすることが「市民的不服従」として称えられ、国家がお金を払う。まるで正義が逆さまになったような光景です。
これ、偶然じゃないんじゃないか?──「政治化した司法」という疑惑
ここからが、少し踏み込んだ話になります。
メローニ首相はこれらの一連の司法判断について、「magistratura politicizzata(政治化した司法)」という言葉を使って批判しています。つまり、単なるミスではなく、政治的な意図を持った一部の司法勢力が、組織的に自分たちの政権を潰しにかかっているのではないかという見方です。
実際、イタリアの司法と政治の関係は長年にわたって複雑です。イタリアの検察官・判事は政治的なスタンスで知られることも多く、特に左派的なイデオロギーを持つとされる法曹グループが強い影響力を持っていると指摘する声は昔からあります。
陰謀論的に聞こえるかもしれませんが、少し考えてみてください。
- メローニ政権が移民対策の法律を厳格化するたびに、司法がそれを無効化する判決を出す
- 「法を破った側」が次々と司法に守られ、「法を執行しようとした側」が賠償を命じられる
- NGOや移民支援団体が「法は市民的不服従を正当化した」と公言して憚らない
これが単なる偶然の積み重ねだと言い切れるでしょうか。
EUレベルで見ても、欧州司法裁判所やその思想的バックボーンには、国境の自由化・移民の権利拡大を強く推進するリベラルな法律観が根づいており、それが各国の司法判断に影響を与えているという指摘は、イタリアに限った話ではありません。
「国境を守ること」が罪になる社会
メローニ首相はアルバニアに新たな移民収容施設(CPR)を設けて、国外追放のプロセスを実効性あるものにしようとしています。これ自体は、EU法の枠内で合法的に進められている政策です。
にもかかわらず、司法はその運用を次々と阻み、逆に政府に賠償を求める。
もしこの構造が続けば、事実上「移民対策に関してはいかなる法執行も認めない」という、司法から政府へのメッセージになります。法律を作っても執行できない。執行しようとすると逆にお金を取られる。これは政策の失敗ではなく、国家そのものの機能不全です。
メローニ首相はそれでも「ostinati(執拗なまでに頑固)」という言葉を使い、こう宣言しています。
「私たちは、国民と交わした約束を果たすために全力を尽くす。司法の妨害に屈して、国境を守るという責務を投げ出すことはない」
本当の問いは「誰が国家を動かしているのか」
今、イタリアで起きていることの本質は、移民政策の是非ではないかもしれません。
選挙で選ばれた政府の政策を、選挙で選ばれていない司法が組織的に無効化できるのか──という、民主主義の根幹に関わる問いです。
法を守る者が損をして、法を破る者が賞賛される。国民の税金が、国家を攻撃した人物への「お詫び料」に変わる。
これを「正義」と呼ぶのか、「崩壊」と呼ぶのか。
答えは、ひとりひとりが考えなければならない問いだと思います。














