「石原莞爾」という名前を聞いたことがありますか。
昭和24年に亡くなった陸軍の軍人で、東条英機や山本五十六ほど知られていないかもしれないです。でも昭和の歴史を本当の意味で語ろうとするなら、この人物を避けては通れないんです。
彼はひとことで言うと、満州国をほぼ一人で作った男です。
でも注目してほしいのは「何を作ったか」よりも、「何を言ったか」なんです。
戦後、多くの軍人たちが自分の命惜しさに口をつぐむ中、石原だけは病床で占領軍の代表を前にして、こう言い放ちました。
「今回の最大の戦争犯罪人はトルーマンだ」
さらに法廷では「俺を裁け。そうしたらお前たちのインチキを全部暴いてやる」と啖呵を切り、こんな言葉まで残しています。
「日本の侵略を裁くなら、ペリーを生き返らせて被告席に座らせるがよろしかろう」
誰も言えなかった日本人の本音を、命がけで言葉にした男——。
彼はなぜ東京裁判の被告にならなかったのか。満州国を作りながら、なぜ戦線拡大には反対したのか。そして彼の言葉は今の私たちに何を問いかけているのか。
続きの記事では、石原莞爾という「昭和史最大の異端児」の生き様を、余すことなくお伝えします。
https://note.com/taka_peace369/











