オーストラリアの路上で、ケフィーヤを巻いた中国人留学生が、現地の右派政治家を「分断だ」と批判していました。言論の自由は大切だ、とも語ります。ところが記者が「では母国の天安門では、なぜ同じことをしないのか」と聞くと、返ってきたのは短い一言でした。
「今はオーストラリアにいますから」
中国共産党への見解を問われると、「その質問は不快です」と対話を止め、オーストラリア共産党の話へずらします。スカーフを巻いている理由は、「ただ好きだから」。安全な国でだけ正義を叫び、本当にリスクのある本国の権力には沈黙する。その使い分けは、個人の性格というより、在外学生を動かす構造の一端にも見えます。
習近平政権は、海外の留学生を統一戦線工作の重点に据えてきました。大使館系の学生団体、監視、帰国後の処分。2026年には、オーストラリアの民主派デモに参加した学生が帰国後に実刑を受けたと報じられています。全部が指令だとは言い切れません。ただ、許可された正義と禁止された正義が、あまりにきれいに分かれているのです。
これは向こうの話ではありません。日本の大学も留学生と交流事業に依存し、特定のテーマだけが熱く、別のテーマだけが急に冷えます。その温度差は、何を避けているのか。自由を享受する側の誠実さは、どこまで問えるのか。続きでは、対話の全文に沿いながら、工作の見取り図と日本側の穴まで掘ります。
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オーストラリアの路上で、ケフィーヤを巻いた中国人留学生が、現地の右派政治家を「分断だ」と批判していました。
— 🌸上城孝嗣 (@taka_peace369) August 26, 2026
言論の自由は大切だ、とも語ります。ところが記者が「では母国の天安門では、なぜ同じことをしないのか」と聞くと、返ってきたのは短い一言でした。… pic.twitter.com/xqRAgEDEQ2














