loader image
Skip to content

まずは「知る事」から始まる

Menu

「基地反対!」の声が響く辺野古のゲート前。ニュースで流れる映像だけを見ていると、そこには純粋な民意と、権力に抗う市民の姿があるように見えます。でも、実際に現地に足を踏み入れた人間が目にした光景は、そのイメージとはまるで異なるものだったんです。

毎日15分の「茶番」が繰り返されている

朝9時、昼12時、午後3時。辺野古のキャンプ・シュワブ前では、1日3回、ほぼ時計仕掛けのように抗議活動が「開始」されます。プラカードを掲げ、歌を歌い、警察の警告を数回スルーしたら、さっさと荷物をまとめて帰っていく──。その一連の流れは、まるでリハーサルを重ねた演劇のようにスムーズで、所要時間はわずか15分程度。

さらに驚くのは、ゲート前の道路インフラそのものが「この抗議があること」を前提に設計されているという点です。タンクローリーの待機スペースが設けられ、警察も業者も、そして活動家も、それぞれが「自分の役割」をわかった上で動いている。これはもう「抗議」ではなく、関係者全員が参加する一種の儀式と言っていいかもしれません。

8億円が「やめられない」構造を作っている

この運動を背後で支えているのが、全国から集まった「辺野古基金」。その総額、なんと8億円超です。

ここで少し立ち止まって考えてほしいんですけど、これだけのお金が集まっていると、もはや「目標が達成されると困る」人間が出てきませんか? 基地建設が止まれば基金の意味がなくなる。活動家の「ポジション」も消える。団体の存在意義も霧散する。

陰謀論と笑う人もいるでしょうが、「運動が終わることで利益を失う人たちが、意図的に対立を維持している」という構造は、歴史上の社会運動でも繰り返し指摘されてきたパターンなんです。8億円という莫大な資金が、活動家たちから「撤退する自由」を奪い、運動を自己目的化させているとしたら──それは平和運動ではなく、利権運動と呼ぶべきでしょう。

「命を守る運動」で人が死んでいる

2024年6月、土砂を運ぶダンプカーに抗議しようと車道に飛び出した参加者を制止しようとした警備員の男性が、そのダンプカーに巻き込まれ亡くなりました。

「牛歩戦術」と呼ばれる、車両の前をわざとゆっくり歩く妨害行為。走行中の車の前への飛び出し。これらは明らかに危険で、法的にも問題のある行為です。さらに呆れるのは、ガードレールの設置を沖縄県が「歩行者(活動家)の通行に支障をきたす」という理由で拒否し続けている点。

命を守るための運動が、命を危険にさらす構造を自ら作り出している。この矛盾を、メディアはほとんど報じません。

公式に認定された「極左暴力集団」の存在

沖縄県議会での警察本部長答弁により、この運動の一部に極左暴力集団が関与している事実が公的に認定されています。

現地で取材を試みたジャーナリストへの対応がそれを如実に示しています。カメラを向けた途端、10人ほどの活動家が殺到し「肖像権の侵害だ」「身分を明かせ」と威圧してくる。平和を叫ぶ人たちが、なぜ取材を恐れるのか。見られて困ることがなければ、こんな反応にはならないはずです。

海の上でも法律は「ガン無視」

「平和丸」「不屈」といった名の抗議船による違法航行も、過去10年で10件以上確認されています。制限区域への侵入、定員超過、転覆・衝突事故……。しかも修学旅行生を乗せた抗議船が事故に巻き込まれたという事実。子どもたちを政治的対立の道具として使っている、という批判は当然でしょう。

こうした違法行為が長年放置されてきた背景には、監視義務を持つ沖縄県の「意図的な見て見ぬふり」があるのではないか──そう疑いたくなるのも、無理はありません。


辺野古移設に反対し続けることで、「世界一危険」と言われる普天間基地の危険性除去が遠のいているという皮肉。平和を語りながら、法を破り、人を威圧し、子どもを利用する。

誰が、何のために、この対立を終わらせないようにしているのか。その問いを、私たちはもっと真剣に考えるべき時に来ているんじゃないでしょうか。

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

Sponsor

人気記事ランキング