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まずは「知る事」から始まる

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日本に約8万社ある神社の中で、諏訪大社だけは根本的に“違う”。
鳥居をくぐっても本殿がない。ご神体は山そのものか、巨木の「御柱」、あるいはもっと得体の知れない何か。しかも今も続く祭りには、矢を刺した蛙、鹿の生首75頭、柱に縛られた少年と刃を振り上げる神官……現代人の常識では理解不能な光景が、意味も分からないまま受け継がれている。

公式神話では、建御名方神が大国主命の次男として出雲から逃げてきて「もうここから出ません」と諏訪に封じられた「負け犬の神」だという。ところが実際に諏訪の祭りを調べてみると、この神の痕跡はほとんどない。代わりに浮かび上がるのは、建御名方神が来る遥か以前からこの地にあった“何か”だ。

その正体は三層に重なっている。
最深部は縄文時代。御柱祭で10トン超の巨木を人力で引きずり降ろす儀式、冬眠中の蛙を掘り起こして矢で刺す「蛙狩神事」、鹿の生首を奉納する血祭り──これらはすべて狩猟民族の原始信仰そのもの。本殿がないのも、樹木や巨石に神が宿る縄文の神観念がそのまま残った証拠だ。

中間層には守矢家という謎の一族が絡む。彼らは「建御名方神が来る前からここにいた」と伝えられ、実際の祭祀を仕切ってきた。まるで天皇と藤原氏のような関係で、縄文の祭りに新しい神話を上書きした“管理者”だ。

そして最も衝撃的な外来層が、旧約聖書との一致である。
柱に縛られた少年に刃を向け、最後に別の者が「待て」と止める儀式は、アブラハムがイサクを捧げようとした場面と瓜二つ。御頭祭が行われる建物の寸法はユダヤ教の移動式神殿「幕屋」と一致し、背後の山は「守屋山(もりやさん)」──旧約の「モリヤ山」と読める。失われた10支族が日本に渡り、諏訪に辿り着いたという「日ユ同祖論」まで、偶然の一致が重なりすぎて背筋が寒くなる。

四方を山に囲まれた盆地という地形が、外部の影響を遮断し、縄文の血祭りを令和の今まで守り抜いた。伊勢神宮よりさらに古い層を持つ可能性がある、日本神道の“最深部”。ただ手を合わせて終わるのではなく、足元に眠る何千年分の祈りに気づいたとき、諏訪大社は単なる観光地ではなく、あなた自身のルーツを問いかける場所に変わる。

続きを読めば読むほど、日本という国の底の深さにぞっとするはずです。

https://note.com/taka_peace369/

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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