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まずは「知る事」から始まる

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ブラジルで、ある女性政治家が起こした”過激な抗議”が世界に波紋を広げています。

ブラジルの州議会議員、ファビアナ・ボルソナロ氏が議会の演壇に立ったのは、トランスジェンダー議員エリカ・ヒルトン氏が女性権利委員会の委員長に就任したことへの抗議のためでした。そして彼女が取った行動は、顔に黒塗りメイク(ブラックフェイス)を施して演説するという、極めて挑発的なものでした。

「私は白人として生きてきた。だから、黒人が感じる痛みを私は黒人として感じることができない」——彼女はそう述べ、こう続けました。「同様に、生物学的に男性として生まれ、男性として人生を歩んできた人物が、女性の経験に基づく代表性を持つことはできない」と。

これは単なる差別的パフォーマンスではなく、非常に構造的なメッセージです。「身体を変えても、性別が変わるわけではない」という彼女の主張は、トランスジェンダーの人々への敬意を明言した上でのものであり、「女性の権利を代弁する委員会のトップが、女性としての生を歩んでいない人物でいいのか」という根本的な問いを投げかけているのです。


ここで少し立ち止まって、陰謀論的な視点も交えながら深く考えてみましょう。

現在、世界各地でジェンダー・人種・国籍・家族制度といった「社会の基盤となる概念」が、驚くほど同じ方向性で、同じタイミングで再定義されつつあります。これは単なる偶然でしょうか?

一部の論者は、グローバルなエリート層や国際NGO、そして特定のイデオロギーを持つ財団が、伝統的な社会秩序を解体するためにこれらの運動を意図的に資金援助・扇動していると指摘しています。国家のアイデンティティを揺るがし、家族という最小単位の共同体を崩壊させることで、人々を「国家や家族ではなくグローバルな組織に依存させる」構造を作り出そうとしているというのです。

きれいな言葉——「多様性」「包摂」「差別のない社会」——を掲げながら、実際には人々の分断を深め、伝統的な価値観を「悪」として糾弾することで、反論すること自体をタブー化していく手法は、まるで教科書通りのように各国で繰り返されています。


翻って日本を見てみましょう。

「夫婦別姓」という一見穏やかな議論の裏側に、戸籍制度そのものを廃止しようとする勢力が存在することは、もはや公然の秘密です。戸籍制度とは単なる行政手続きではなく、日本の家族の繋がり、先祖との繋がり、地域コミュニティの繋がりを記録・維持してきた文化的インフラです。これを「個人の自由の侵害」として解体しようとする動きは、ブラジルや欧米で起きていることと、驚くほど文脈が一致しています。

そして、過去にはある政党が支持率低迷を打開しようと党名を変えるという珍事が何度も起きました。しかし中身を磨かずに看板だけ替えても、有権者の信頼は戻りません。それはまさに「見た目を変えても本質は変わらない」というボルソナロ氏の主張と重なります。

「社会のせいだ」「差別だ」と声高に叫ぶことで、本質的な議論を封じ込める戦術——これは世界共通のパターンです。批判した側が「差別主義者」のレッテルを貼られることで、多くの人が沈黙を強いられてきました。


ファビアナ・ボルソナロ氏の行動が正しいかどうか、それは議論の余地があります。しかし彼女が問いかけた本質——「言葉や見た目をどれだけ変えても、経験と現実は変えられない」——は、今の時代に深く刺さるメッセージです。

国境、文化、歴史、人種、性別、家族。これらを「古い価値観」として一括りに否定しようとする動きに対して、私たちは冷静に、しかし毅然と向き合う必要があります。きれいごとの裏に何があるのかを見極める目を、今こそ持つべき時代なのです。

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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