もし「あと260年で、日本人はひとりもいなくなる」と言われたら、あなたはどう感じるでしょうか。
大袈裟な話に聞こえるかもしれません。けれど、これは煽りでも脅しでもなく、単なる算数の答えなのです。夫婦ふたりから子供がふたり生まれても、結婚しない人、子供を持たない選択をする人が必ず一定数いる以上、社会は静かに縮み続けます。「子供は2人いれば大丈夫」という、なんとなく信じられてきた前提そのものが、じつは致命的な誤解だったとしたら――。
そんな危機感の中で、田中角栄氏はあまりにも過激な言葉を投げかけました。「子供が3人いない世帯からは罰金を取るべきだ」。
最初にこの言葉を聞けば、多くの人が顔をしかめるはずです。個人の自由への侵害だ、と反発する気持ちも、よく分かります。しかし、その裏側にあるのは感情ではなく、「国家が存続するために、いま何をすべきか」という、恐ろしいほど冷静な計算でした。「罰金」という強い言葉の奥にあるのは、社会を存続させるための、あくまで事務的な調整コストという発想なのです。
そして、この記事ではもうひとつ、大切な問いを立てています。もしいま、この静かな危機を前にしているのが田中角栄だったなら、彼はいったいどう動いただろうか、という問いです。
「政治とは生活である」と言い切り、理屈より結果、建前より決断を選び続けた男。列島改造論によって、都市に集中する人と富を、地方へと取り戻そうとした、あの胆力です。批判を恐れず、結果にこだわり抜いた彼の政治哲学は、いまの少子化対策の生ぬるさに、何を突きつけてくるのでしょうか。
合計特殊出生率という具体的な数字、そして子育て世帯への大胆な優遇策に踏み切ったハンガリーなど海外の事例との比較も交えながら、「個人の自由」や「多様な生き方」という心地よい言葉の裏側で、私たちがこれまで見て見ぬふりを続けてきたものの正体に、じっくりと迫っていきます。
260年後の日本に、私たちはいったい何を残せるのでしょうか。その答えを探るヒントは、ぜひ本編の中で見つけてみてください。
数字だけを見れば、ただ絶望的な未来予測に思えるかもしれません。けれど本当に問われているのは、政治家だけの責任ではなく、この現実からこれまで目を逸らし続けてきた、私たちひとりひとりの姿勢なのかもしれません。
https://note.com/taka_peace369/













