あれは金曜の夜、11時半からの生放送だったそうです。
夕方6時ごろからリハーサルが始まって、忌野清志郎さんが登場した瞬間から、なんとなく空気がおかしかった。作業着に法被、黄色いヘルメットをかぶってギターを持って現れたその姿は、明らかに「普通じゃない何か」を予感させるものがあったんです。
リハーサルで清志郎さんが歌い始めたとき、古舘さんはすぐに察知したといいます。「あ、これは歌詞に古舘伊知郎って入れてるけど、本番は別の言葉に差し替えるんだろうな」と。当て馬にされてる、と。プロデューサーとも何も打ち合わせしていない状態で、古舘さんはただ一人、その「嫌な予感」を抱えたまま本番を迎えることになりました。
そして本番、清志郎さんは「やった」
放送禁止用語が、連発されました。
コマーシャルを入れる間もなく、フルで使われた。サングラスをかけたまま、清志郎さんはある組織に向けて思いっきりテロルを敢行したんです。生放送で、である。
古舘さんは慌てふためきながら、司会者としてこう言うしかなかった。
「ただいま生放送において、不穏当な発言が飛び出しました。放送禁止の言葉がかなり連発されてしまいました。制作陣を代表いたしまして、お詫びして訂正させていただきます」
でも、自分でも気づいてたんですよね。「訂正」って何? あの4文字は何に訂正するんだ、「正しいバージョン」なんてないじゃないかと。お詫びして訂正、という決まり文句がただ口から出てきてしまっていて、その自分にも嫌気がさしていたと。
リハと本番で話が違うじゃないか
放送が終わって、古舘さんは清志郎さんの楽屋に飛び込んでいきました。
「絶対迷惑かけないって言ったじゃないですか!」
そうしたら清志郎さんは、さっきまでのロックスターの顔じゃなくて、メイクも落としたただの「ちょっと年上のおじさん」の顔で、少年みたいに言ったんです。
「ごめんごめん、あそこまでとは思ってなかったんだけど、迷惑かけないと思ってたんだよ。でも結果かけちゃったみたいでごめんね」
この「少年のように謝る清志郎さん」の描写が、なんとも切なくてかっこいい。腹は立ってたけど、ほだされちゃうんですよね、そりゃ。
10日後、西麻布のバーで
事件から10日ほど経った深夜、古舘さんはTBSのスタッフ数人と西麻布のおしゃれなバーに酔っ払って入っていきました。
薄暗いカウンターの奥、一番奥まったところに、清志郎さんが綺麗な女性と座っていた。
もう文句を言う気持ちなんてまったくなかったけど、酔っていたしで無粋だったと言いながら、つい近づいてしまった。「お疲れ様です〜」って声をかけたら、清志郎さんがこちらを見た。
その瞬間、「悪いことした」という表情が清志郎さんの顔にスローモーションで広がっていったそうです。
その顔を見た瞬間に、古舘さんの中でなにかがすっと溶けていった。どこまでかっこいいんだろう、この人は、って。ステージで客の心をかき乱し、惑わせ、生放送でテロをやって、それでも人間としてちゃんとそこにいる。
結局、あの夜は「伝説」だった
今になって古舘さんが語るのは、怒りじゃなくて感謝なんです。
清志郎さんがやったことは、たしかにある組織への怒りがベースにあったかもしれない。でもそれだけじゃなくて、予定調和の生放送に一発冷水をぶっこんで、「これが後に伝説になる」という複合的な動機がきっとあったんだろうと。
そしてその通りになった。
あの夜、孤独な作業みたいに一人でお詫びと訂正をし続けた司会者は、その経験を通じて「司会業とはなんぞや」を、清志郎さんに教えてもらったと言っています。
計算して教わったわけじゃない。でも、予定調和を壊されたあの夜があったからこそ、今もトークのネタになって、こうして語り継がれている。
ロックンロールって、やっぱりそういうものなんですよね。











