1946年、焼け野原の東京。資本金19万円、雨漏りするバラックの工場、7人の仲間。
そこから「世界のソニー」を作り上げた男がいた。
井深大(いぶか まさる)。トランジスタラジオ、テープレコーダー、トリニトロン——数々の「世界初」を生み出した発明家として知られるけれど、彼の本当の凄さは技術じゃなかった。それは、誰もが「無理だ」と言うときに、ひとり「やってみよう」と動き出せる精神だったんじゃないかと思う。
終戦の翌日、周囲が呆然と立ちすくむ中、井深はすぐに東京へ向かった。進駐軍のトラックに積まれた最新機器を目にして、圧倒的な技術力の差を肌で感じた。その悔しさが、のちのソニーを生んだ原点になる。
磁気テープがない時代、テープレコーダーを作るために彼がやったことはフライパンで材料を炒め、しゃもじでかき混ぜ、タヌキの胸毛の筆でテープに塗ること。「補聴器にしか使えない」と言われたトランジスタで、世界初のポケットラジオを作ること。赤字垂れ流しのカラーテレビ開発から逃げずに、自らリーダーとなって新方式を作り上げること。
どの話も、常識の外側から始まっている。
そして晩年、彼の視線は技術から「心」へと向かった。物質的な豊かさを手にした日本で、彼が問い始めたのは「人間の根っこにあるもの」だった。幼児教育、福祉活動、そして最後に残した言葉——「もうちょっと自分を愛することを徹底してやらなきゃならない」。
世界を変えた男が行き着いたのは、そんな当たり前のような場所だった。
創業時の設立趣意書には、現代のFAXやメール、多チャンネル放送を予感させる記述が残っている。1946年に書かれた文書が、70年後の世界を描いていた。
「未来を予測するのではなく、作り出す」——井深大という人間の生涯は、その言葉そのものだったと思う。
続きは本編で、ぜひ。
https://note.com/taka_peace369/








