2023年3月22日、WBC決勝。日本中が固唾を飲んで見守ったアメリカ戦の直前、大谷翔平選手は仲間たちに向けてこんな言葉を放ちました。
「憧れていた選手がいると思いますが、憧れていては越えられません。憧れるのをやめましょう!」
たった一言です。でも、この言葉の重さは尋常じゃないです。メジャーリーグの超一流選手たちを相手に、「憧れるな、越えていけ」と言い切れる人間が、日本にどれだけいるでしょうか。
「憧れる」ことの落とし穴
憧れること自体は、決して悪いことじゃないです。夢を持つきっかけになるし、努力のエネルギーにもなります。でも問題は、憧れが「自分とは違う世界の話」になった瞬間です。
「あの人はすごい。でも私は普通だから」
この思考が出てきた時点で、人は無意識に自分に「天井」を作ってしまっています。憧れの対象を崇め、自分との距離をむしろ広げていく――そんな心理的なループに、気づかないうちにハマっていくんです。
実は意図的に作られてきた「凡人」という幻想
ここで少し視野を広げて考えてみると、面白いことが見えてきます。
戦後の日本では、さまざまな形で「日本人の自信」を削ぐような仕組みが社会に組み込まれてきたと言われています。メディアは長らく「成功できるのは生まれつき才能のある一握りの人間だけ」というメッセージを繰り返してきました。学校教育では「夢よりも安定」が美徳とされ、いかに良い会社に就職するかという「サラリーマン育成」が中心に置かれてきました。
その結果、多くの人が「自分は普通の人間だ」と信じて育ってきたわけです。スポーツ選手や俳優を見ては「あの人たちは特別だから」と思い、自分とは別の生き物のように扱ってしまう。
でも、これって本当に正しいんでしょうか?
あなたが「凡人」だと思わされているだけかもしれない
大谷翔平選手だって、最初から「大谷翔平」だったわけじゃないです。幼い頃から目標を紙に書き、徹底的に自己管理を続け、「自分はできる」と信じて行動し続けた人です。才能がゼロの人間がいきなり二刀流になったわけじゃないけれど、才能だけで今の大谷選手が生まれたわけでもないです。
「憧れるのをやめましょう」という言葉の本質は、「自分を下に置くのをやめよう」ということだと思います。相手を尊重しながらも、同じ土俵に立つ覚悟を持つ。その精神が、あの歴史的な優勝につながったんです。
「自分はすごい」と思うことは、傲慢じゃない
謙虚さは大切です。でも、「どうせ自分なんて」という自己否定とは全然違います。
本来、人間は誰でも信じられないほどの可能性を持って生まれてきています。それを「才能がなければ無理」「夢を見るな」という言葉で蓋をされてきただけで、その可能性自体が消えたわけじゃないです。
大谷選手の一言は、試合に勝つためだけじゃなく、私たちに「自分の力を信じていいんだよ」と教えてくれているような気がします。
憧れるのをやめて、自分自身の可能性に目を向ける――そんなシンプルなメンタルの転換が、実は人生を大きく変えるきっかけになるかもしれないです。







