2019年、アメリカを震撼させたある内部告発が静かに日本へと伝わってきた。いや、正確に言えば「伝わらなかった」。MITメディアラボの元職員シグネ・スウェンソン氏が、著名な性犯罪者ジェフリー・エプスタインからの寄付金が組織的に隠蔽されていた事実を告発したのです。その告発の中心にいたのが、当時メディアラボのディレクターを務めていた日本人起業家・伊藤穰一(ジョイ・イトウ)氏でした。
エプスタインとは何者だったのか
ジェフリー・エプスタインは、ウォール街で活躍した億万長者の金融家です。表向きは慈善家・科学の支援者として知られ、MITやハーバードなど名門大学に多額の寄付を行っていました。しかしその裏の顔は、未成年を含む多くの女性への性的人身売買に深く関与した人物であり、2008年には性犯罪で有罪判決を受けています。それでもなお彼の周囲には世界的な政治家、王族、テクノロジー業界の重鎮が集まり続けました。ビル・ゲイツ、ドナルド・トランプ、ビル・クリントン、アンドリュー王子——そうそうたる名前が「エプスタインとの関係」という文脈で語られるようになったのです。
MITで何が起きていたのか
スウェンソン氏の内部告発によると、エプスタインからMITメディアラボへの寄付は単なる「記録漏れ」ではなく、意図的に匿名化・隠蔽されていたとのことです。伊藤穰一氏はエプスタインとの関係を内部では把握しながら、外部に対してはその事実を隠し続けていたとされています。さらに、伊藤氏自身もエプスタインの資金を通じて個人的な投資案件で利益を得ていたとも報じられました。
この告発はニューヨーカー誌が2019年9月に大々的に報じ、アメリカでは大きな波紋を呼びました。伊藤穰一氏はその後すぐにMITメディアラボのディレクター職を辞任し、MITのメディア委員会や関連する複数の企業・組織の役職からも退くことになりました。世界的な影響力を持つ人物の失墜として、欧米メディアは大きく取り上げたのです。
陰謀論的視点から考えると…
ここで少し「深読み」してみると、なかなか興味深い構図が浮かび上がってきます。
エプスタインの人脈は単なる「セレブ友達」ではなく、世界の政財界・学術界・諜報機関とつながる巨大なネットワークだったと指摘する声は少なくありません。実際、エプスタインが2019年に拘置所で死亡した際、当初は「自殺」と発表されましたが、監視カメラの映像が消えていたこと、同室の受刑者が移送されていたことなど不審な点が次々と浮上し、「口封じ殺人説」がいまだに根強く残っています。
さらに踏み込むと——エプスタインが各地の名門大学に寄付を続けた目的は、単なる「名声欲」だったのでしょうか。一部の研究者や陰謀論者の間では「知識人・研究者を金と秘密でつなぎ止め、情報やネットワークを収集・支配するための巧妙な仕組みだったのではないか」という見方もあります。諜報機関との関与を示唆する報道もあり、イスラエルのモサドとの関係を指摘する調査報道記者も存在します。これが事実なら、エプスタインのネットワークは単なる性犯罪者のそれではなく、世界規模の情報戦略の一端を担っていた可能性すら否定できないのです。
日本メディアはなぜ沈黙するのか
最大の問題はここです。伊藤穰一氏は日本でも非常に著名な人物です。MIT教授、世界経済フォーラムのメンバー、さまざまな日本企業の顧問や役員——そのネットワークは日本の財界・政界にも広く及びます。
にもかかわらず、2019年のこの事件を日本の主要メディアが大きく取り上げた形跡はほとんどありません。NHKも、朝日・読売・毎日といった全国紙も、テレビの情報番組も。英語圏では「スキャンダル」として広く認知されているこの話題が、日本語の情報空間ではほぼ「存在しない」のです。
これはなぜでしょうか。単純に「海外の話だから」という理由では説明がつきません。日本人が中心人物であり、日本の有力なネットワークにも影響が及ぶ話なのですから。
考えられる理由はいくつかあります。ひとつは、伊藤氏と親交のある日本企業・投資家がメディアのスポンサーでもあるという「利益相反」の問題です。もうひとつは、日本メディア特有の「忖度文化」——誰かを怒らせるかもしれないネガティブな報道を避けようとする心理的圧力です。そしてもっと深読みするなら、「日本のエスタブリッシュメントも、エプスタインのネットワークと何らかの形でつながっていたのではないか」という疑念すら生まれてきます。
日本は本当に「自由な民主主義国家」か
メディアの自由度ランキングにおいて、日本は先進国の中で非常に低い順位に位置しています(2024年度の国境なき記者団ランキングでは70位前後)。政府や大企業と密接な関係を持つメディアが「都合の悪い報道」を自主規制するという構造は、日本では半ば公然の秘密です。
「中国と同じレベル」というのは言い過ぎかもしれません。しかし「伝えたくない情報を伝えない」という意味においては、その本質的な問題は驚くほど似ているとも言えます。暴力や法律で口を封じるのではなく、経済的・社会的プレッシャーや忖度によって自ら沈黙を選ぶ——その構造はある意味でより巧妙で、気づきにくいものかもしれません。
エプスタイン問題と伊藤穰一氏の件は、単なる「海外スキャンダル」ではありません。情報の自由、メディアの独立性、権力と知識人の癒着という、民主主義社会の根幹に関わる問題です。6年以上前に明らかになったこの事実を、今からでも知る価値は十分にあると思います。







