歴史は「勝者が書くもの」という言葉がある。冷笑的に聞こえるかもしれないが、これは陰謀論でも極論でもなく、歴史学の世界でも真剣に議論されてきたテーマだ。第二次世界大戦後に構築された「戦後秩序」と呼ばれる枠組みを、私たちはどれだけ批判的な目で見ることができているだろうか? 今回は東京裁判の問題点、戦勝国史観の偏り、そして欧米の植民地主義という3つの視点から、「当たり前とされている歴史」を少し揺さぶってみたい。
東京裁判は本当に「正義の裁き」だったのか?
1946年から48年にかけて行われた極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判。日本の指導者たちが「平和に対する罪」「人道に対する罪」で裁かれたこの裁判は、当時から法学者や国際法の専門家たちの間で手続き上の問題を指摘されてきた。
まず根本的な疑問として、「事後法による裁判」という点がある。「平和に対する罪」という概念は、裁判が行われるより前には国際法上に明文化された罪として存在していなかった。法の基本原則である「罪刑法定主義」――罪と罰はあらかじめ法律で定められていなければならない――に照らすと、これは大きな問題をはらんでいる。インドのパール判事が全員無罪の少数意見を出したのも、まさにこの法的正当性への疑問からだった。
さらに、裁判官は戦勝11カ国からのみ選出され、敗戦国側から一人も加わっていない。弁護側の証拠申請が頻繁に却下された一方、検察側の証拠は広く採用された。これを「公正な裁判」と言えるかどうか、少し立ち止まって考えてみてほしい。
「でも日本軍は実際に悪いことをしたのでは?」という声もあるだろう。それは別途、事実に基づいて議論すべきことだ。しかし、裁判の手続きや構造そのものへの批判は、歴史的事実の否定とはまったく別の話である。法的な適正手続きへの疑問は、国際法の観点から今も有効な論点であり続けている。
「戦勝国史観」という名のフィルター
学校で習う世界史の多くは、欧米諸国を「文明の担い手」「民主主義の守護者」として描く傾向がある。第二次世界大戦も、「ファシズムと民主主義の戦い」という単純な構図で語られることが多い。だが、その枠組みは本当に公正なのだろうか?
たとえば、ソ連はナチス・ドイツと不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ条約)を結び、ポーランドに侵攻した。しかし戦後、ソ連は「連合国の英雄」として東京裁判の裁判官席に座った。カティンの森事件――ソ連がポーランド人将校約2万人を虐殺した事件――は長年、ナチスの犯行として処理され続け、ソ連崩壊後にようやく真実が明らかになった。
歴史の記述が「誰の視点から書かれているか」によって、まったく異なる像を結ぶことは珍しくない。戦後に形成された国際秩序と、その秩序を維持することに利益を持つ国々が、歴史の記述にも影響力を行使してきたとしても、それは決して荒唐無稽な話ではない。
重要なのは「日本は悪くなかった」という単純な反論ではなく、「あらゆる国の行為を同じ基準で検証しているか」という問いを持ち続けることだ。一方の行為だけを強調し、もう一方の行為を素通りさせる歴史教育は、教育ではなくプロパガンダに近づいてしまう。
植民地主義の「不都合な沈黙」
現代において人種差別や人権侵害に最も声高に反対するのは欧米諸国だ。しかし、19世紀から20世紀にかけてアジア・アフリカ・南米で行われた植民地支配の歴史と、その過程で起きた大規模な暴力や収奪について、彼らはどれだけ真剣に向き合ってきたのだろうか。
ベルギー領コンゴでは、ゴムの採取ノルマを達成できなかった現地住民の手首が切断されるという残虐な支配が行われ、100万人から1000万人ともいわれる死者が出たとされる。イギリスによるインドの統治では、植民地経済政策が大規模な飢饉を誘発したという研究もある。スペイン・ポルトガルによるラテンアメリカの支配は、先住民社会を根本から破壊した。
これらは歴史的に検証された事実であるにもかかわらず、戦後の国際秩序の中で「裁かれた」ことは一度もない。東京裁判やニュルンベルク裁判のような形で責任が問われることもなかった。そのギャップに疑問を持つことは、至極まっとうな問いだと思う。
「過去のことだから仕方ない」という論理は、なぜある国の過去には適用され、別の国の過去には適用されないのか。歴史的な責任の追及が選択的に行われているとすれば、その背景に何があるのかを問い続けることは、現代を生きる私たちの知的な義務ではないだろうか。
「疑うこと」から始まる本当の歴史理解
ここで強調したいのは、「日本は正しかった」でも「欧米はすべて悪だ」でもない。どの国にも光と影があり、歴史はその複雑さを丸ごと見ることで初めて理解できる。
ただ、現在の国際秩序を「所与のもの」として受け入れ、その枠組みで作られた歴史観を無批判に受容することには慎重であっていい。東京裁判の手続き的問題を問うこと、戦勝国史観の偏りを指摘すること、欧米の植民地主義の責任を問うことは、歴史修正主義でも過激思想でもなく、歴史を複眼的に捉えようとする知的誠実さの表れだ。
「歴史は勝者が書く」――その言葉を胸に置きながら、私たちは何を「真実」として受け取り、何を疑うべきなのか。その問いを持つこと自体が、歴史と向き合う第一歩になると思う。
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本記事は歴史的事実の否定や特定の民族・国家への差別を意図するものではなく、歴史解釈の多角化と批判的思考の促進を目的としています。







