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EUが「全会一致ルール」を捨てる日──ヨーロッパ流”ルール変更”の歴史が繰り返される理由

ミュンヘン安全保障会議で、EU委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエンが爆弾発言をした。「より迅速に行動するために、EUは全会一致を放棄しなければならない」──外交政策における全会一致ルールを廃止し、資格付き多数決(加盟国の一定割合の賛成で決定)を導入しようというのだ。

一見すると、合理的な提案に聞こえる。確かに、27カ国すべての同意を得るのは時間がかかる。国際情勢が刻一刻と変化する中で、迅速な意思決定は重要だろう。

しかし、ここで立ち止まって考えてみたい。これは本当に「改革」なのだろうか。それとも、都合が悪くなったときの常套手段なのだろうか。

都合が悪くなると「ルールそのもの」を変える

ヨーロッパには、自分たちに不利な状況になると、ゲームのルール自体を書き換えてきた長い歴史がある。

ビジネスの世界を見てみよう。かつてヨーロッパは製造業で世界をリードしていたが、日本や中国に追い抜かれると、環境規制や労働基準を理由に新たなルールを設定し始めた。もちろん環境保護は重要だが、タイミングを見れば「競争力を失った分野で、規制によって優位性を取り戻そうとしている」という側面も否定できない。

スポーツの世界でも同様だ。スキージャンプでは、日本選手が圧倒的な成績を収めると、スキー板の長さ規定が変更された。柔道では、一本を取る技術で日本が優位に立つと、ポイント制が複雑化し、組み手のルールが次々と変更された。結果として、日本の伝統的な柔道スタイルは不利になり、パワー重視のヨーロッパスタイルが有利になった。

こうしたパターンに共通するのは、「自分たちが優位なときに作ったルールで負け始めると、ルールを変える」という姿勢だ。

全会一致ルールはなぜ存在したのか

そもそも、EUの外交政策における全会一致ルールは、何のために存在していたのだろうか。

それは、小国の権利を守るためだ。ドイツやフランスのような大国だけで物事が決まってしまえば、バルト三国やスロベニアのような小国は、常に大国の意向に従わざるを得なくなる。全会一致ルールは、どんなに小さな国でも拒否権を持つことで、対等な立場を保証する仕組みだった。

ところが今、ウクライナ支援や対中国政策などで、一部の加盟国が慎重姿勢を示すと、「決定が遅い」「非効率だ」という批判が噴出している。つまり、大国の思い通りにならない状況が生まれたのだ。

そこで出てきたのが、今回の提案である。「全会一致は時代遅れ。多数決にしよう」──これは本当に民主的な改革だろうか。それとも、小国の声を封じ込めようとする動きなのだろうか。

歴史に学ばない代償

ヨーロッパの歴史を振り返ると、強国が自らの都合でルールを変え、小国の意見を無視してきた結果、何が起きたかは明らかだ。第一次世界大戦、第二次世界大戦、そして冷戦。大国の論理が優先されるたびに、ヨーロッパは分断され、混乱に陥ってきた。

EUは、まさにそうした歴史の反省から生まれた組織だったはずだ。「二度と戦争を起こさない」「大国も小国も対等に」という理念のもと、全会一致ルールは設計されていた。

それを今、「迅速化」という名目で捨て去ろうとしている。

確かに、意思決定のスピードは重要だ。しかし、スピードを優先するあまり、組織の根幹にある「平等」と「合意形成」の価値を失えば、EUそのものが崩壊しかねない。ハンガリーやポーランドのような国々が「もはや自分たちの声は届かない」と感じれば、離脱の動きが加速するだろう。

沈みゆくヨーロッパ、それとも新たな道を選ぶのか

今回のフォン・デア・ライエンの提案は、ヨーロッパが再び同じ過ちを繰り返そうとしている兆候かもしれない。ルールを変えることで短期的には問題を解決できるかもしれないが、長期的には信頼を失い、結束を弱めることになる。

歴史に学ばない者は、歴史に飲み込まれる。

ヨーロッパがこれから選ぶのは、「迅速だが独善的な道」なのか、それとも「時間はかかるが公正な道」なのか。その選択が、EUの未来を決めることになるだろう。

あなたはどう思いますか?

全会一致ルールの廃止は「必要な改革」でしょうか、それとも「危険な前例」でしょうか?

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」