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教科書には載っていない「石油戦争」の裏側
1953年8月、イランで一人の民主的指導者が打倒されました。その名はモハンマド・モサデグ首相。彼の「罪」はただひとつ、「自国の石油を自国民のために使おうとした」こと、だったんです。
この事件、実は現代の中東情勢を理解するうえで欠かせないピースなんですが、日本ではほとんど語られることがありません。でも世界の「知っている人たち」の間では、これは帝国主義の教科書的な事例として広く知られている出来事なんです。
まず1901年から話は始まる
時計の針を50年以上戻してみましょう。1901年、英国の実業家ウィリアム・ノックス・ダーシーがカジャール朝イランから石油採掘権を獲得します。条件は破格というか、もはや略奪に近いレベルでした。
その後設立されたアングロ・イラニアン石油会社(現在のBP=ブリティッシュ・ペトロリアムの前身)は、イランの石油でどんどん儲けていったわけですが、イラン側に入ってくる利益はほんのわずかでした。イランの地下に眠る資源を、外国の企業がほぼ独り占めしていたんですね。
しかもその収益は英国政府の主要な財源にもなっていました。つまりイランの石油はイギリスの国家予算を支えていたようなものです。そりゃ手放したくないわけですよ。
モサデグという男の「危険な正論」
1951年、モサデグ首相が登場します。彼は至ってシンプルなことを言いました。
「イランの石油はイランのものだ」
国会で石油国有化法案を提出し、圧倒的多数で可決。アングロ・イラニアン石油会社を接収します。群衆は熱狂し、モサデグは国民的英雄になりました。
この行動は、当時の国際的な文脈で見ると相当に「勇気ある」、もっと言えば「命がけ」な行動でした。なぜならそれまで第三世界の国が西洋資本の権益に正面からNoを突きつけた例は、ほとんどなかったからです。
ワシントンとロンドンの「怒り」
英国はすぐに報復に動きました。イランへの経済制裁、石油の輸出妨害、国際的な孤立化工作……。いわゆる「兵糧攻め」です。
しかしモサデグ政権は倒れない。そこでMI6(英国情報局秘密情報部)はCIAに協力を要請します。当時は冷戦の真っ只中。アメリカ側も「イランが共産化したら困る」という口実(これが陰謀論的に見ると非常に都合が良すぎる理由なんですが)を使って、クーデター計画に乗り出します。
これが「オペレーション・アジャックス」(英国側の名称は「オペレーション・ブート」)です。
クーデターの手口が露骨すぎる
1953年8月に実行されたクーデターの手口は、今から見ると教科書に載せたいくらい「典型的な工作」でした。
- CIAが資金を提供して反モサデグのデモを組織
- 新聞社や政治家を買収して世論操作
- 軍の将校たちに工作して決起を促す
- モサデグ支持派を「共産主義者」として印象づけるプロパガンダ
そして8月19日、軍がクーデターを決行。モサデグ首相は自宅軟禁され、後に裁判にかけられます。代わりに国王(シャー)のモハンマド・レザー・パフラヴィーが権力を握り、石油利権は再び欧米企業の手に戻っていったんです。
このクーデターは長らく「陰謀論」扱いされていましたが、2013年にアメリカ政府が機密文書を公開し、CIAの関与が「公式に認められた」という歴史的な事実があります。つまりこれは「陰謀論」ではなく「確認済みの歴史」なんですよね。
「同じ支配層」という視点
ここからが陰謀論的な深掘りです。
現代の中東情勢を見たとき、イスラエル・パレスチナ問題、イラク戦争、シリア内戦、そしてイランへの経済制裁……これらをバラバラな出来事として見るか、それとも「一貫した意志」の下で動いているものとして見るか、で世界の見え方がまったく変わってきます。
大航海時代からの歴史を振り返ると、「資源のある地域」には必ず欧米の介入がありました。アフリカの植民地支配、南米のバナナ共和国化、中東の石油利権……。姿かたちは変わっても、構造は同じに見えます。
軍事力から経済制裁へ、経済制裁から情報工作へ。ツールは進化しても、「誰かの富のために誰かの国が犠牲になる」という構造は変わっていないように見えるんですよね。
そろそろ、流れが変わりつつある?
ただ、近年は少し風向きが変わってきているかもしれません。BRICSの台頭、脱ドル化の動き、グローバルサウスと呼ばれる諸国の連帯……。
モサデグが夢見た「自国の資源を自国民のために」という考え方は、70年の時を経て、ようやく世界規模で共感を集め始めているのかもしれないです。
歴史は繰り返すと言いますが、同じ過ちを繰り返さないためにも、まずは「何が起きたか」を知ることが大切なんじゃないかと思います。イランの民主主義が潰された1953年の夏を、ぜひ記憶に留めておいてほしいです。
参考:2013年にCIAが公式に認めた機密解除文書、および各種歴史資料に基づいています。











