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まずは「知る事」から始まる

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映画『ゴッドファーザーPART II』の中でマイケル・コルレオーネが放つ言葉、「友は近くに置き、敵はもっと近くに置け」。この台詞はただのギャング映画の名言ではなく、人類の権力構造が永遠に抱え続けてきた本質を、わずか一文で射抜いているんです。

昔のマフィアはわかりやすかったんです。拳銃を持ち、顔に傷があり、物騒な雰囲気をまとっていた。しかし今はどうでしょうか。ダークスーツに身を包み、ロゴ入りのボールペンを手に握り、TED Talkの壇上に立ってにこやかに「持続可能な未来」を語る。彼らは現代における”新しいマフィア”であり、銃ではなく資本と情報と法律を武器に動くんです。見えないから、余計にタチが悪い。

「敵が味方のフリ」をする世界

歴史を振り返ると、権力の転覆は常に内側から起きています。カエサルはブルータスに、キリストはユダに、信長は明智光秀に——裏切られた者はいずれも、犯人を「最も近い人間」の中に抱えていたんです。これは偶然ではなく、権力に近づくほど裏切りのインセンティブが高まる構造的な必然です。

現代社会でも、産業スパイ・工作員・プロパガンダ要員といった存在は、映画の外にも確かに存在します。企業の内部情報を流す社員、メディアに特定の論調を植え付けるエージェント、SNSで世論を誘導するアカウント群。彼らは「同僚」や「友人」や「専門家」の顔をして、日常の中に溶け込んでいるんです。

陰謀論的な視点を持ち出すと眉をひそめる人もいるかもしれません。でも少し考えてみてください。ビルダーバーグ会議、世界経済フォーラム(WEF)、CFR(外交問題評議会)——これらは「陰謀」ではなく、実在する組織です。問題はその「決定プロセス」が一般市民には見えないということ。透明性のない場所で下される意思決定が、各国の政治・経済・メディアに波及していくという構図は、グローバリストたちの内部でも勢力争いがあることを示唆しています。

マイケルが実践した「上手をいく技術」

「友は近くに置き、敵はもっと近くに置け」という戦略の恐ろしさは、受動的な防衛ではなく能動的な監視であるという点です。敵を遠ざけることは確かに安全に見えるが、それでは相手の動きが読めない。だから、あえて引き寄せる。ただし、それには絶大なリスクが伴います。近くに置いた敵は、いつでもあなたの喉元を狙えるポジションにいるわけですから。

これは政治の世界では日常的に起きていることでもあります。「取り込み」という行為です。潜在的に危険な人物や反対勢力を、表向きには協力関係に引き込み、その動向を把握しながら骨を抜いていく。政府のポストに取り込まれた改革派が、いつの間にか体制の一部になってしまう現象は、各国でよく見られる光景です。

日本でも、財務省・メディア・政党のトライアングルが形成する「見えないルール」が意思決定の背後に存在するとも言われています。それが陰謀なのか、単なる利権構造なのかの線引きは難しい。ただ一つ言えるのは、「民主主義のプロセスが見えているから透明だ」とは必ずしも言えないということです。

私たちはどう向き合うか

大切なのは過度な被害妄想ではなく「構造への想像力」です。誰が何のために、何を語っているのか。その言葉の背後にある利害関係は何か。ニュースを見るときも、専門家の発言を聞くときも、そういう問いを持ち続けることが、現代における最低限のリテラシーかもしれません。

マイケル・コルレオーネは映画の中で孤独に沈んでいきます。敵を近くに置き続けた代償として、最終的には家族さえも失ってしまう。それもまた、この映画が伝えるもう一つのメッセージです。権力ゲームに勝つことと、人間として豊かに生きることは、必ずしも同じ方向を向いていないんです。

スーツを着たマフィアたちが闊歩するこの時代、「誰が友で、誰が敵か」を見極めるのは容易ではありません。でも、その問いを諦めた瞬間に、私たちは誰かの「近くに置かれた存在」になっているのかもしれませんね。

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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