2022年に発生した知床遊覧船「KAZU I」の沈没事故を覚えているでしょうか。メディアは連日トップニュースで取り上げ、運営会社の社長に対してはまるで「社会的な処刑」とでも言うべき激しいバッシングが繰り広げられました。「土下座しろ」という声まで上がり、世論は一致団結して運営側を徹底的に責め立てたのです。
ところが、沖縄・辺野古沖で起きたボート転覆事故については、多くの主要メディアがほとんど報じませんでした。この事故で問題となったのは、なんと未登録・無許可の船舶が子どもたちを乗せて海に出ていたという事実です。知床の事案より「さらに悪質」と言っても過言ではないにもかかわらず、メディアの扱いは雲泥の差でした。
元参議院議員の浜田聡氏は、こうした報道の非対称性に対して孤独に声を上げ続けている数少ない政治家の一人です。浜田氏が問題提起しているポイントは複数あります。
まず、事故を起こした船の船長と共産党との関係です。辺野古の抗議活動は、特定の政治勢力と深く結びついていることが以前から指摘されており、今回の事故船もその文脈の中にあったとされています。もしこれが事実であれば、メディアが大きく報じない「理由」の一端が見えてくるのではないでしょうか。
次に、「平和学習」という名目で子どもたちが乗船していたという点です。沖縄の基地問題を学ぶという目的自体を否定するつもりはありませんが、無許可の船に子どもを乗せることが「教育」として正当化されるのでしょうか。そもそも担当教師が同乗していなかったという情報もあり、引率責任の観点からも深刻な問題をはらんでいます。子どもの命を預かる立場にある大人たちの安全管理意識はどこへいってしまったのか、強い疑問を感じざるを得ません。
ここで陰謀論的な視点も少し交えて考えてみましょう。メディアが特定の事故を大きく報じ、別の事故をスルーするとき、そこには「誰が被害者で、誰が加害者か」という”政治的な色付け”が行われている可能性があります。知床の事故では、批判の矛先が「民間の中小企業」でした。一方、辺野古の事故では批判の矛先が「反基地運動の関係者」になる。後者を叩くことはメディアにとって「都合が悪い」、そういった忖度が働いているのではないか――そう疑ってしまうのは、もはや自然な感覚ではないでしょうか。
オールドメディアがかつて持っていた「社会の木鐸」としての役割は、今や完全に形骸化しています。正義感で動くのではなく、スポンサーへの配慮、政治的なシンパシー、視聴率や部数という損得勘定だけで報道の優先順位が決まっている――。
私たちが今すべきことは、一つの情報源に依存することをやめ、報じられていないことに目を向けることではないでしょうか。「なぜこのニュースは小さく扱われているのか」という問いを持つこと自体が、メディアリテラシーの第一歩です。
子どもたちの命が関わる事故で、政治的な背景によって報道の温度差が生まれるとしたら、それはメディアの問題であると同時に、それを黙認し続ける私たち自身の問題でもあるのです。
浜田聡「辺野古沖のボード転覆は人災では?」
知床事故は「土下座」させるまで叩いたのに、辺野古の「違法船」はスルー?
メディアの卑怯なダブルスタンダードと声を上げない政治屋達・・・。そんな中で浜田氏は声を上げ続けています。
・辺野古事故の船長と共産党との繋がりは?… pic.twitter.com/DMdvdHlbnX— 🌸上城孝嗣 (@taka_peace369) March 25, 2026











