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まずは「知る事」から始まる

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今日は春分の日。「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」――そう教わった人は多いと思うんだけど、実はこの日、もともとまったく違う意味を持っていたんだよね。

そしてその「もともとの意味」は、戦後にひっそりと書き換えられてしまったんだ。


春分の日って、ただの「自然を愛でる日」じゃなかった

春分の日は、二十四節気のひとつ。一年を24に分けた暦の節目で、昼と夜の長さがほぼ同じになる特別な日だよね。天文的にも意味のある日だし、農耕民族だった日本人にとっては、これから田植えが始まる大切な季節の入り口でもあった。

でも、それだけじゃなかった。

戦前、春分の日には「春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)」という名前がついていたんだ。これは、歴代天皇の御霊をお祭りする、いわば国家レベルの先祖供養の日。秋にも「秋季皇霊祭」があって、春と秋、年に二回、日本という国の歴史を作ってきた先人たちの魂に手を合わせる文化が根付いていたんだよね。


1948年、この日は「書き換えられた」

第二次世界大戦が終わって、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領下に置かれた。そして1948年(昭和23年)、「国民の祝日に関する法律」が制定されて、春分の日の定義がガラリと変わったんだ。

「春季皇霊祭」は姿を消し、代わりに「自然をたたえ、生物をいつくしむ日」として再定義された。

これ、表面上はとても平和的で素敵な言葉に聞こえるよね。でも、ちょっと待って。


なぜ「先祖を祀る」文化が消されたのか

ここからが陰謀論的な、でも決して荒唐無稽じゃない視点の話。

GHQが日本占領中に行ったことのひとつに、「日本人の精神的な結束を解体する」という目的があったと言われている。宗教、教育、文化、そして祝日まで。戦前の日本人が持っていた価値観のうち、特に「天皇を中心とした歴史的つながり」を感じさせるものを、次々と変えていったんだよね。

春季皇霊祭が消されたのも、その流れの一環だとする見方がある。先祖と自分たちのつながりを意識させる行事、歴史の重みを感じさせる祭礼――そういうものが骨抜きにされることで、日本人が「自分たちはどこから来たのか」を忘れていくように仕向けられた、という考え方だ。

もちろん、「自然をいつくしむ」という精神は素晴らしい。でも、それが「本来あったもの」を上書きする形で使われたとしたら?ちょっとゾクっとしない?


先人たちが守ってきたもの

春分の日と秋分の日、年に二回のお彼岸。これは今でも日本に残ってるよね。お墓参りに行ったり、おはぎを食べたり。

実はこれ、春季皇霊祭・秋季皇霊祭の精神が「民間行事」として残り続けたものとも言えるんだよね。祝日の名前は変わっても、日本人の体の中に染みついた「先祖を敬う心」は、消えなかった。

これって、すごくないですか?

国の制度としては書き換えられても、庶民の暮らしの中に文化はちゃんと生き残ってた。先人たちが、無意識のうちに守ってきたものがある。


「知ること」が魂を強くする

歴史の表面だけをなぞっていると、春分の日はただの「春っぽい祝日」で終わってしまう。でも、その背景を知ると、この日に感じるものがちょっと変わってくるんじゃないかな。

自分がどんな歴史の上に立っているか。どんな先人たちの祈りや想いが積み重なって、今の自分があるか。そういうことを、年に一度でも意識できたとしたら、それはきっと「魂の強化」につながると思う。

戦後、いろんなものが書き換えられた。教科書の内容も、祝日の名前も、神道の扱い方も。それを「そういうものだ」と受け入れるだけじゃなくて、「もともとはどうだったんだろう?」って問いを立ててみること。

それが、自分の文化と歴史を取り戻す第一歩だと、私は思っているんだよね。


今年の春分の日、手を合わせてみませんか。自然に対しても、そして先人たちに対しても。

大和京子

子供を守るために日本をよくしたいと願う母です! 1人でも多くの人達に思いが届きますように。

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