「イランは戦車数台のために4億ポンドを支払ったが、英国側が納入しなかった」
これ、誰の発言か知っていますか?
なんと、当時のイギリス現職首相・ボリス・ジョンソンが、テレビカメラの前でサラッと言ってのけた一言です。
代金を受け取っておきながら商品を渡さなかった――普通の商取引なら詐欺罪が成立する話を、一国の首相が「まあそういうこともありますよね」という温度感で語ってしまった。
この瞬間、イギリスという国家の”本性”が、少しだけ顔を出した気がしませんか?
1971年、イランはイギリスから最新鋭のチーフテン戦車1,500台を購入する大型契約を結び、代金の大部分を前払いしました。ところが1979年のイラン革命を境に、イギリスは「武器禁輸」を理由に残りの戦車の引き渡しを拒否。
しかも、その戦車の一部をイランと戦争中のイラクに転売したとまで言われています。
前払いを受け取って渡さず、敵国に横流しする。半世紀近く放置した結果、4億ポンドの債務はインフレと利子で100億ポンド規模に膨れ上がりました。
最終的にイギリスが和解金として支払ったのは5億3,000万ドル。そのタイミングが、イランに拘束されていたイギリス人ジャーナリスト、ナザニン・ザガリ・ラトクリフさんの釈放と奇妙なほど一致していたことも、見逃せない事実です。
でも、これはほんの入口に過ぎません。
「イギリスの二枚舌」の歴史を辿れば、パレスチナ問題の根源にあるバルフォア宣言(アラブ人・フランス・ユダヤ人に、それぞれ矛盾した約束をした外交史上の大スキャンダル)にたどり着きます。
明治維新以降、日本が次々と戦争に引き込まれていった背景にも、イギリスの影があります。日英同盟で日本を”対ロシアの代理駒”として使い、目的を果たしたら関係を切る。血を流したのは日本人、利益を得たのはイギリス。
さらには2022年のウクライナ停戦交渉を”潰した”可能性まで――。
「紳士の国」「フェアプレーの国」というイメージは、イギリスが長年かけて世界中に植え付けてきたブランディングとプロパガンダの産物かもしれません。
歴史の”表の顔”だけを信じていると、現在起きていることの本質が見えなくなります。
パレスチナ、ウクライナ、そして日本が歩んできた近現代史――これらはすべてつながっています。そのつながりを解き明かす鍵が、意外にも「戦車の代金を踏み倒した国」の話に隠されていました。
続きは本編でどうぞ。きっと、世界の見え方が少し変わるはずです。









