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まずは「知る事」から始まる

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はじめに──あの戦争の「大義」はどこへ消えた?

2003年3月、アメリカはイラクに侵攻しました。理由はひとつ、「イラクが大量破壊兵器(WMD)を保有している」という主張でした。当時のコリン・パウエル国務長官が国連の場で”証拠”を披露し、世界は固唾をのんで見守ったものです。

そして結果はご存じの通り——WMDはどこにも見つかりませんでした。

国連の査察チームも、後の米政府調査委員会も、外務省の公開報告書も、すべて同じ結論を出しています。イラン・イラク戦争時代に化学兵器を使用した記録は確かに存在するものの、2003年の侵攻時点ではすでに廃棄済みだったとされています。


「蜘蛛の巣穴」の男──フセイン拘束と”演出された”終焉

同年12月、サダム・フセインはティクリート近郊の農家の地下穴から発見・拘束されました。ひげ面で、まるで乞食のような姿で現れた元独裁者の映像は世界中に配信され、「悪の枢軸が制圧された」かのような空気が演出されていたように見えました。

その後の裁判も、多くの識者から疑問の声が上がっています。訴因はクルド人虐殺やシーア派への弾圧などでしたが、「なぜWMD問題や、かつてアメリカ自身がフセイン政権を支援していた時代の話は一切掘り下げられなかったのか?」という疑問は今なお残ります。

2006年12月30日、フセインは絞首刑に処されました。処刑の様子を収めた携帯動画がリークされ、ネット上に拡散。そこには嘲笑する声も聞こえ、「法の裁き」というよりも、口封じに近い最期だったと受け取る人も少なくありませんでした。


なぜイラクを攻めたかったのか?──陰謀論的視点から読み解く

ここからは、いわゆる「公式見解」ではなく、陰謀論的な視点で考えてみましょう。

🛢️ 石油利権説

最もメジャーな説がこれです。イラクは世界有数の石油埋蔵量を誇る国。戦後、米系石油メジャーが相次いでイラクの油田開発に参入したことは事実であり、「戦争は石油のためだった」という見方は根強く残っています。

💵 ペトロダラー防衛説

フセインは侵攻直前、石油取引をドル建てからユーロ建てへ切り替えようとしていたと言われています。基軸通貨ドルの覇権を守るために、アメリカが動いたという説です。同様の動きをしたリビアのカダフィ大佐も後に殺害されており、この説に信憑性を感じる人も多いのです。

🕵️ CIA工作と「仕組まれた政権交代」説

アメリカの思い通りにならない国には、CIAが水面下で工作活動を行うというのは、イランやグアテマラ、チリなど歴史的に繰り返されてきたパターンです。イラクも例外ではなく、そもそもフセイン政権自体、かつてはアメリカが支援していた側面があります。「育てた独裁者が言うことを聞かなくなったので潰した」という構図は、陰謀論というより半ば歴史的事実に近いとも言えるでしょう。


日本は何をしていたか──小泉純一郎の「支持」と沈黙

当時の小泉純一郎首相はいち早くアメリカの軍事行動を支持しました。WMDが見つからなかった後も、ついぞ公の場で反省の弁を述べることはありませんでした。

「なぜ日本はアメリカの大義なき戦争を支持したのか」「日米同盟の維持のために真実に目をつぶったのか」——こうした問いに対する明確な答えは、今も出ていません。アメリカが「何事もなかったかのように」真実を覆い隠したように、日本もまた静かに記憶を書き換えていったのかもしれません。


結局、誰が裁かれるべきだったのか

裁判の結果は最初から決まっていた、という見方もあります。フセインが長々と法廷で証言を続け、アメリカとの関係や石油利権について語り始めることを、誰かが恐れていたとしたら——処刑という結末は、非常に「都合がよかった」とも言えます。

歴史は勝者によって書かれます。20万人とも言われるイラク市民の犠牲、戦後の混乱、ISISの台頭……これらの責任を問われることなく、侵攻を主導した人物たちは今も生き続けています。

「正義」とは何か、「裁き」とは誰のためのものか——イラク戦争はその問いを、まだ私たちに突きつけ続けているのです。


上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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