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まずは「知る事」から始まる

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1953年、世界の石油業界を震撼させた”事件”が静かに起きていました。

舞台は中東・イラン。当時のイランは英国系メジャー(アングロ・イラニアン石油会社、現在のBP)による石油利権の独占に怒り、首相モサデクが石油の国有化を断行します。それに対してイギリスとアメリカは激怒し、経済制裁を発動。「イランの石油を買ったら国際社会の敵だ」という強烈な圧力をかけ、世界中の石油会社がイランから距離を置きました。

ところが——です。

そんな”禁断のイラン原油”に手を伸ばした男が日本にいたんです。その名は出光佐三。後に百田尚樹の小説・映画『海賊とよばれた男』のモデルになった人物で、出光興産の創業者です。


英国海軍の封鎖をぶち破ったタンカー「日章丸」

出光佐三は、英米の制裁をガン無視して、タンカー「二代目日章丸」をイランのアバダン港へ秘密裏に派遣します。当然、この動きはイギリスに察知され、英国海軍が現地に出張ってきました。「そのタンカーを止めろ」という圧力です。

でも、日章丸は止まりませんでした。

無事にイランの原油を積み込み、日本へ帰還。1953年5月、川崎港に到着した日章丸を、大勢の日本人が熱狂的に出迎えたといいます。「やった!」「さすが出光!」という歓声が上がったそうです。

これは単なる商売の話じゃないんです。戦後の焼け野原から立ち直りつつある日本が、大英帝国に対して「No」を突きつけた、ある意味では独立の宣言でもありました。


「イランは悪い国」って、本当に?

さて、ここで少し立ち止まって考えてみてほしいんですが、今の日本でイランという国のイメージってどうでしょう?

メディアに映し出されるイランは、「核開発をする危険な国」「テロを支援する国」「アメリカの敵」というイメージが強いですよね。確かに一面の事実ではあります。でも、ある側面だけを切り取って「あの国は悪だ」と言うのって、かなり乱暴な話じゃないでしょうか。

1953年のイランは何をしたかったのか?答えはシンプルで、「自分たちの石油を自分たちのものにしたかった」だけです。それって、そんなに「悪いこと」でしょうか?

同じ論理で言うなら、大東亜戦争に向かっていった日本も、欧米の植民地支配に「No」を言い続けた結果として追い詰められた側面があります。石油の禁輸、資産の凍結……まさにイランが受けたのと同じような経済的締め付けを、日本もかつて受けていました。


歴史の陰に見える「大英帝国」の影

面白いのは、この手の話の裏に必ずイギリスがいることです。

イランの石油国有化を潰したのも、実質的にはイギリスとアメリカのCIAが組んで行ったクーデター(1953年のモサデク政権打倒)でした。民主的に選ばれた指導者を海外の工作によって追い落とす——これ、かなりひどい話ですよね。

そして日本の近現代史を紐解くと、大東亜戦争へ向かった背景にもイギリスの影がちらつきます。日本とアメリカの対立を煽ったのは誰か?中国大陸での権益を守るため、日本を孤立させる外交工作を続けたのは誰か?当時の国際政治を丹念に調べると、「ABCD包囲網」の中でイギリスが果たした役割の大きさが見えてきます。

もちろん「すべてイギリスのせい」なんて単純な話ではありません。でも、歴史を読むとき、「誰が一番得をしたのか?」という視点を持つと、見えてくるものが確実に変わってくるんです。


出光佐三が教えてくれること

出光佐三が日章丸を走らせたのは、別に反英・反米のイデオロギーからじゃなかったと思います。ただ、「日本人として、正しいと思ったことをやる」という強い信念があっただけです。

それが結果的に、大英帝国の横暴に対する「抵抗」になった。

今の時代、情報は溢れているようで、実は「誰かに都合よく編集された情報」がほとんどです。「あの国は悪い」「あの人物はテロリストだ」という評価を鵜呑みにする前に、少しだけ立ち止まって「誰がそう言っているのか」「誰が得をするのか」を考えてみる——その習慣が、歴史を本当に面白く読む第一歩だと思っています。

出光佐三は”海賊”とよばれました。でも、誰かにとっての「海賊」は、別の誰かにとっての「英雄」なんです。


参考:出光佐三・日章丸事件(1953年)、イラン石油国有化・モサデク政権(1951-53年)、大東亜戦争の開戦背景

上城 孝嗣

日本を愛する人と繋がりたい🇯🇵🌸毎日「気づき」を提供するために発信中! 嘘を教える教育や、メディアに破壊され続けてきた日本人の魂。まずは何事にも好奇心を持ち、世界にも目を向ける事。これまで知らなかった多くの事を学ぶと全てが繋がって真実が見えてきます。 「知らないのは恥ではない、知ろうとしないのが恥である」

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