「無料でください」「タダで譲ってほしい」「できる人がやればいい」——
最近、こんな言葉をSNSやご近所でよく見かけるようになりませんでしたか?
少し前の日本人なら、絶対に口にしなかったような言葉です。かつてこの国には「恩送り」という美しい文化がありました。誰かにしてもらったことを、その人に返すのではなく、別の誰かへと「送っていく」——そんな精神が日常の中に根付いていたのです。
それがいつの間にか、「くれ、くれ」と手を差し伸べることへの恥じらいが消え、当たり前のように人に要求する文化が広がりつつあります。
なぜ日本人はここまで変わってしまったのでしょうか。
そのヒントは、意外にも1945年の敗戦直後——進駐してきたアメリカ兵に向かって、子どもたちが叫んだあの言葉の中に隠されているかもしれません。
「ギブ・ミー・チョコレート!」
この場面は長らく「戦争の悲劇」として語られてきました。でも別の角度から見ると、そこには日本人の精神的なバリアが崩壊した瞬間が映し出されているのです。そしてそのバリアは、80年が経った今もまだ、修復されていないのかもしれません。
GHQによる占領政策の中で、日本人の価値観は静かに書き換えられていきました。自立・自尊・相互扶助を支えていた文化的な土台が、戦後教育の中で少しずつ溶かされていったとしたら——。少しきな臭い話ですが、「与える人間より、もらう人間の方が管理しやすい」という発想が、もし意図的に社会に埋め込まれていたとしたら、今の日本の姿はその完成形に見えてきてしまいます。
高度経済成長期の消費主義、バブル崩壊後の閉塞感、SNSが生んだ「顔の見えない乞食文化」——これらがどのように絡み合って現在に至るのかを、本記事では歴史と心理学、そしてちょっぴり陰謀論的な視点を交えながら深掘りしています。
江戸時代の「結(ゆい)」や「頼母子講」が象徴する相互扶助の精神。「情けは人の為ならず」という言葉に込められた深い知恵。それらがなぜ現代に引き継がれなかったのか、そして今からでも取り戻せるのか——答えは意外とシンプルで、読み終わった後に「今日、誰かに何かをしてあげたい」という気持ちが湧いてくるかもしれません。
「くれくれ星人」を批判するのは簡単です。でも本当に怖いのは、気づかないうちに自分もその一人になってしまっていることではないでしょうか。
あなたは最近、誰かに「恩を送り」ましたか?







