2015年夏、地中海を渡る難民の映像が世界を揺るがしました。シリア内戦から逃れた人々、命がけでボートに乗る子どもたち。そうした光景を前に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(当時)は一つの決断を下します。「ドイツは難民を受け入れる」――その言葉は世界中で称賛され、メルケルは「難民の母」とまで呼ばれました。
しかし、それから約10年が経った今、欧州の現実はどうなっているでしょうか。
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数字が語る「その後」
2015年だけでドイツに申請された亡命申請は約47万件、翌2016年には70万件を超えました。当初、ドイツ政府は「労働力不足の解消につながる」と期待を示していましたが、現実はそれほど単純ではありませんでした。語学の壁、資格認定の問題、文化的摩擦――受け入れ後の「統合(インテグレーション)」がいかに難しいかが次々と浮き彫りになっていきます。
スウェーデン、フランス、ベルギーといった国々でも同様の課題が表面化しました。移民・難民の集中する地域では、住民との摩擦や社会サービスへの負荷が増大し、一部の都市では治安悪化への懸念が高まりました。こうした状況が右派政党の台頭を招き、2024年のEU議会選挙では各国で反移民を掲げる政党が議席を大きく伸ばしています。
「人道主義」と「現実」のあいだで
難民・移民の受け入れが「善いこと」であるという前提は正しいのでしょうか。いや、より正確に問うべきは「誰にとって、どのような形であれば善いのか」という点です。
人道的な観点から見れば、命の危険にさらされた人々を助けることは国際社会の責務です。1951年の難民条約もそれを明確に定めています。一方で、受け入れ国の社会的安定や、既存住民の生活環境、公共サービスの持続可能性も、同じく真剣に考えなければならない現実です。
メルケルの決断が「正しかったか、間違いだったか」という二項対立で語ることは、本質を見誤ります。むしろ問われるべきは、受け入れを決断した後に必要だった「統合政策への十分な投資と準備」がなぜ追いつかなかったのか、という点ではないでしょうか。
日本への教訓
他人事ではありません。日本でも2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、避難民の受け入れが急速に進みました。政府の発表によれば、2024年時点で約2,400人以上のウクライナ避難民が在留しています。また、技能実習制度の見直しや特定技能制度の拡充により、外国人労働者の受け入れも着実に拡大しています。
「少子化による労働力不足」という大義名分のもと、政策は急速に動いています。しかし、受け入れ後の日本語教育、住居、医療、子どもの教育環境といった「統合の基盤」は十分に整備されているでしょうか。欧州の経験は、「受け入れ数」よりも「受け入れの質」こそが問われると教えています。善意だけでは社会は回らないのです。
欧州「移民問題」の実態――メディアが語らない現場の声
「難民」と「移民」は違います。この区別から始めなければ、欧州で起きていることの本質は見えてきません。
難民とは、迫害・紛争・人権侵害から逃れるために母国を離れた人々であり、国際法上の保護が認められています。一方で移民とは、より良い生活や経済的機会を求めて国境を越える人々です。2015年以降に欧州に流入した人々の中には、この両者が大規模に混在していたことが、のちの混乱の一因となりました。
「統合の失敗」はなぜ起きたのか
スウェーデンは長年、移民政策の「優等生」として称えられてきた国です。しかし現在、同国は深刻なギャング犯罪の増加や爆発物事件の頻発に悩まされており、政府自身がその原因の一つに「統合の失敗」を挙げています。何が起きたのでしょうか。
専門家が指摘する主な要因はいくつかあります。まず、短期間に大量の人々を受け入れたことで、語学教育や職業訓練が追いつかなかったこと。次に、特定の地域・コミュニティへの集中居住が進み、社会的孤立が深まったこと。そして、母国の価値観や慣習とホスト社会との間の文化的ギャップが、世代を超えて引き継がれてしまったこと――これらが複合的に絡み合っています。
数字の向こうにある「人」の問題
誤解してはならないのは、これが「移民・難民が悪い」という話ではないという点です。実際、難民・移民の中には母国の高度な教育を受けた医師・エンジニア・研究者も少なくなく、受け入れ国の社会に大きく貢献している人々もいます。問題は「人」ではなく「仕組み」にあります。
受け入れ側の社会が統合の準備を整えないまま数を増やし続ければ、どんな善意の政策も機能不全に陥ります。逆に、適切な規模で、語学・職業・法律の教育を伴う統合プログラムが機能した事例では、移民・難民が地域社会の活力になっているケースも多く報告されています。
「移民問題」を政治利用する危うさ
欧州で右派ポピュリスト政党が台頭した背景には、既成政治への不信と、移民問題への不満が大きく影響しています。しかし、移民問題を単純化して「全員追い返せ」という方向に政治が振れることもまた、別の問題を生み出します。
真に必要なのは、感情論でも排外主義でもなく、データと現場の声に基づいた、冷静で実効性のある政策の議論です。欧州の現実は、その難しさを私たちに突きつけています。日本が「他山の石」として学べることは、まだ十分にあるはずです。







