2009年6月25日、「キング・オブ・ポップ」マイケル・ジャクソンが突然この世を去りました。そのわずか3ヶ月後、同年9月13日にニューヨークで開催されたMTV Video Music Awardsのオープニングで、マドンナが行った追悼スピーチは、今でも多くの人の記憶に刻まれています。
マドンナはスピーチの中で、マイケルとの個人的な思い出を語りながら、「彼は孤独だった」「彼は世界中から誤解されていた」と語りかけました。華やかなショービジネスの世界に生きながらも、その言葉の端々には、単なる友人への哀悼を超えた何か──まるで「本当のことは言えないが、あなたたちには気づいてほしい」というメッセージが込められているようにも聞こえたのです。
メディアによる「魔女狩り」の異常さ
思い返せば、1990年代後半からマイケルに対するメディアの報道は、あまりにも執拗で、そして不自然なほど一方的でした。連日連夜、彼を「異常者」「小児性愛者」として描くニュースが世界中に流れ続けました。しかし、2005年の裁判では完全無罪。陪審員たちは全ての訴因でマイケルを無罪としたのです。
それでも報道は止まりませんでした。無罪判決が出た後も、メディアは彼のイメージを貶め続けました。通常、無罪になれば報道のトーンは変わるはずです。しかしマイケルの場合は違った。なぜこれほどまでに、これほど長期間にわたって、これほど組織的に、一人のアーティストを叩き続ける必要があったのでしょうか。
エプスタインとの接点、そして「知りすぎた男」という視点
近年、ジェフリー・エプスタインを巡る一連のスキャンダルが明るみに出る中で、マイケルに対する見方が静かに、しかし確実に変わり始めています。エプスタインが運営していたとされる児童性的搾取のネットワークには、政財界や芸能界の大物たちが深く関与していたと言われています。
そして一部の研究者やジャーナリストたちの間では、こんな仮説が囁かれるようになりました。「マイケルは子供を守ろうとしていたのではないか」「彼は権力者たちの闇を知りすぎてしまったのではないか」と。
マイケルはネバーランドで何千人もの子供たちをホスト(招待)し、病院に入院中の子供たちへの慈善活動を続けていました。当時はその行動自体が「怪しい」と報じられましたが、見方を変えれば、彼は子供たちを「守る側」にいたとも解釈できます。もし彼が、権力者たちによる児童搾取の実態を掴んでいたとしたら──そのことが、彼が標的にされた理由だったとしたら、と考えると、あの執拗なメディアバッシングにも、別の文脈が浮かび上がってきます。
プロポフォールの謎と、不自然な死
マイケルの死因は、個人主治医コンラッド・マレーが投与した麻酔薬「プロポフォール」による急性中毒とされています。マレーは禁固4年の判決を受けましたが、わずか2年で釈放されました。
「なぜ自宅でプロポフォールを?」「なぜこれほど長期間にわたって睡眠薬として使用されていたのか?」疑問は尽きません。一部では、マレーが単独で動いていたのではなく、何らかの「意図」を持った第三者に利用された可能性すら指摘されています。マイケルは当時、「This Is It」という大規模なカムバックツアーを控えており、世界中の注目を集める直前でした。もし彼がそのステージで何かを「発信」しようとしていたとしたら──その前に沈黙させる動機を持つ者が存在したとしても、不思議ではありません。
マドンナが見せた「勇気」
改めてマドンナのスピーチを振り返ると、あのタイミングで公の場に立ち、マイケルへの愛と敬意を表明したことは、決して簡単なことではなかったはずです。当時、マイケルへの批判はまだ根強く残っており、彼を擁護することそのものがリスクを伴っていました。それでも彼女は語りました。「私は彼を信じていた」と。
今こそ、私たちはもう一度立ち止まって考える必要があります。あのメディアバッシングは、本当に正義のためだったのか。それとも、誰かにとって「都合の良い」物語を世界に植え付けるためのものだったのか。
メディアが果たした役割、そしてその責任──エプスタイン問題が少しずつ解明されていく中で、マイケル・ジャクソンという存在の「再審」もまた、静かに始まっているのです。
2009年9月13日、マイケル・ジャクソンが急逝してからわずか3ヶ月後。ニューヨークで開催された「MTV Video Music Awards (VMA)」のオープニングで、マドンナが行った伝説的な追悼スピーチです。… pic.twitter.com/Qe6IlwqQQg
— 🌸上城孝嗣 | 因果の法則 | 彌栄 | 感謝 🙏 (@taka_peace369) February 21, 2026







